第169話 当たらぬ攻撃、殺気の残滓

▼セオリー


 この場に居るのは残り俺とロッセル、操られていたカザキ、それからルンペルシュテルツヒェンと縛り上げられたウォルフとメイズだけだ。


「セオリー、力を貸せ。俺一人では無理だ」


 ロッセルが両手を広げてフェイと相対する。フェイの手にはシュガーの心臓が握られており、それを潰すとポリゴン状の粒子が弾けた。


「逆嶋で見た顔だネ」


「あの時は世話になったな、リベンジしに来たぜ」


 ロッセルが会話でフェイの気を引いている内に、俺はすぐさま後ろで隠れつつ『黄泉戻し任侠ハーデスドール』の準備に入った。


「組織抗争の時はクローン技術奪取が最優先だったからトドメまでは刺さなかったケド、今回は死ぬヨ。いカ?」


「舐めるなよ!」


 ロッセルが駆け出す。同時に『黄泉戻し任侠ハーデスドール』が発動し、ライギュウが出現した。


「ライギュウ、ロッセルと連携して目の前の男を倒せ」


「呼び出して早々、人使いが荒ぇな!」


 半歩遅れてライギュウがロッセルに追随する。直後にライギュウの身体に稲妻が走った。

 『雷神術・雷鬼降臨』により、ライギュウ自身が雷となり、轟音を立てながらフェイに迫る。その場に残像が見えるほどの速さでライギュウが駆けると、一瞬でロッセルに並んだ。


「ホホッ、鬼も出てきたカ。まだまだ楽しめそうだネ」


 ライギュウの剛腕が唸る。そして、フェイの顔面を吹き飛ばした。


「なんだぁ、手応えがねぇぞ」


 ライギュウは自身の振り抜いた拳の先を見る。黒い残像がフェイの形を保ち、そこを拳が突き抜けていた。


「下だ!」


 ロッセルは鋭く叫ぶと同時に、ライギュウの懐に潜り込んでいたフェイへ向けて掌底を繰り出す。


「『剛柔術・軟化』」


「『五行龍爪・相剋閃そうこくせん』」


 互いの忍術を唱える声が発せられた後、攻撃を仕掛けた側のロッセルが弾かれたように吹き飛んだ。転がった先で即座に体勢を立て直し、フェイへ視線を向ける。


「掌底同士がぶつかった。ヤツの片手は使い物にならないはずだ!」


「ライギュウ、攻めろ!」


「うるせぇ、分かってらぁ」


 ロッセルと掌底同士をぶつけ合わせたフェイは片手が軟化して上手く動かせないはずだ。その機を逃さず、攻め立てるように指示を出す。たまらずフェイはライギュウから距離を取るようにバックステップを刻んだ。


「そんな速度で逃げ切れると思ってんのかぁ?」


 ライギュウが足を踏み込む。床が抜けそうになるほどの力強さが込められた一歩は、フェイとの距離を一瞬でゼロにした。


「『雷神術・壊雷拳』」


 そのままライギュウは右ストレートを足元へ向けて放つ。さっきはフェイの残した残像を攻撃して隙を晒してしまった。

 だからこそ、今度はフェイ本体へは攻撃しない。足元へ向けて放つ『壊雷拳』は床のコンクリートを破壊し、無数のコンクリート片は稲妻をまとった石礫いしつぶてと化す。

 帯電したコンクリート片はあられの様に降り注ぎ、フェイの逃げ場を潰す全体攻撃となって襲い掛かった。


很好ヘンハオ(とても良い)」


 フェイはニヤリと笑みを浮かべると、飛んでくるコンクリート片を両手・・で全て叩き落した。


「バカな、片手は軟化しているはず……!」


「おいおい、普通に使えてるじゃねぇか」


 ロッセルが唖然とした表情を浮かべる。彼が確信を持っていたということは『剛柔術』を決めた手応えはあったはずだ。しかし、フェイは何事もなかったかのように両手を自在に扱い、帯電したコンクリート片を叩き落して見せた。

 つまり、『剛柔術』が効いていないということ。そういえば、さっきイリスも『瞬影術』が使えない、と焦ったような声を上げていた。


 両者に共通することは何だ?


 俺が思考を回転させている間にもライギュウが絶え間なく拳を振るい、フェイへの攻撃を繰り返す。しかし、当たれば大ダメージを受けること必至の剛腕は、まるで当たらない。

 そこにロッセルが再び合流し、二人がかりで圧を掛けていく。フェイの二本の腕に対して、こちらは四本の腕が攻撃を絶え間なく挟み込む。しかし、それでもなおフェイに攻撃が当たることはなかった。


 どう考えてもここまで攻撃が当たらないのはおかしい。それは実際に戦っている当人たちが一番よく理解しているだろう。

 ライギュウとロッセルの二人ともに汗が頬を伝っていくのが見て取れる。攻撃が当たらない焦り、フェイの底知れなさからくる畏怖など様々な感情が二人のスタミナを削っていた。それに引き換え、フェイは涼しい顔をして二人からの猛攻を時に避け、時に手の甲でいなしていた。


 とはいえ、彼の俊敏ステータスが異次元の速さを誇っているというわけではない。動きは目で追えている。そして、確実に攻撃が当たったと思った時には、それが残像になるのだ。まるで攻撃が当たった後に身代わりの術が発動しているかのような不思議な感覚だ。


「君たちは二人とも実に良い格闘センスをしているネ」


 二人からの攻撃に晒されながら、フェイはそんなことを言いだした。


「ハァ……ハァ……、まるで攻撃が当たってないのに言われると皮肉にしか聞こえないな」


「同感だぁ……!」


 ライギュウの拳が空を切る。やはり、フェイの顔面を拳が突き抜けてから、残像になっている。


「君たちは私の殺気を明確に感じ取り過ぎているヨ。もっと私をよく視るネ」


 ロッセルとライギュウはコケにされていると思ったのかさらに攻撃を苛烈にしていく。しかし、フェイの言葉が引っ掛かった俺は目に気を『集中』させて、フェイを観察した。


 ロッセルの掌底がフェイの腹部を捉える。捻じ込まれた掌底は、しかし、直後に空を切る。そのフェイも残像だった。

 さっきまでいた場所から右にスライドするようにして現れたフェイに対し、ライギュウが跳びあがり、上空から叩きつけるように拳を振り下ろす。その拳をフェイはチラリと一瞥いちべつすると、バックステップで回避した。しかし、ライギュウはそれにも構わず、さっきまでフェイが居た場所へ拳を振り下ろし、床を叩き割った。


「なんでだぁ、どうして攻撃が当たらねぇ?」


 ライギュウが地団太を踏み、怒りの咆哮をあげる。

 しかし、見ることに集中していた俺からすると違和感があった。今、ライギュウが攻撃をする時、先にフェイは回避行動を取っていた。しかし、ライギュウはそれに構わず攻撃を続けていた。あのまま攻撃したって当たりっこないのは分かっているのにも関わらずだ。

 ……もしかしたら、外から戦いを見ている俺にしか気付けていないのかもしれない。試してみよう。




 ロッセルが踏み込み、掌底を繰り出す。それに対して、フェイはしゃがみ込むように地面ギリギリまで体勢を低くして、ロッセルの死角になる方へと横っ飛びで移動した。ロッセルの方はいまだ目の前にフェイが居ると思い込み、掌底を振り抜こうとする。


「ロッセル、左だ!」


 そこに俺が声で介入する。ロッセルには事前に念話術で指示を出すことを伝えておいた。だから、俺の指示に逆らうことなく、踏み込んだ足を捻り、即座に攻撃の方向を転換する。


「おや、気付いたようだネ」


 戦いを開始してから初めてロッセルの掌底がフェイの身体を真芯で捉えた。しかし、ギリギリのところでフェイの爪装備『五行龍爪』がロッセルの掌底との間に挟まる。

 吹き飛びつつ、体勢を立て直し、綺麗に床へ着地したフェイは手を叩く。


「良いネ。私の残身を見破ったのは見事ヨ」


「セオリー、どうやって見破ったんだ?」


 フェイから注意を逸らさず、ロッセルは俺へと尋ねる。


「さっきフェイ自身が言った通りだ。殺気を見るんじゃなく、本人を見るんだ」


「……どういう意味だ。俺たちはちゃんとフェイを見て攻撃しているだろう?」


「いや、二人ともフェイが残す殺気の残滓を攻撃してる。目に気を『集中』させてよく見ろ」


「さっきからしてるだろうがぁ。訳が分からねぇぞ」


 ライギュウは気を『集中』させている目元を指差し、苛立ったような声音で返答する。どうやらロッセルだけでなくライギュウも理解できないようだ。


「ちゃんと私を見れているのは君だけ。一朝一夕で見れるようになるものでもないヨ。今回は諦めた方がいいネ」


「なんで分かんないんだ……」


 ちゃんと『集中』して見れば、フェイが攻撃を避けるため事前に移動しているのが分かるはずなのに。


「……なら、セオリー、アンタも戦闘に加われ、拙い部分は俺とライギュウでフォローする」


 ロッセルが俺を見る。現状、フェイの回避を目視できているのは俺だけ。なら、俺が戦うのが一番だという判断か。

 正直、俺が入ることで付け入る隙、弱点にもなりかねない。しかし、そのデメリットがあったとしても、その上で俺を加えることがメリット、勝機になりうると考えてくれたということだ。



 握る拳が緊張で震える。しかし、それを無理やり抑え込み、気持ちを奮い立たせる。

 ……よし、やろう。


「分かった。ロッセル、武器をくれ。前の棒が良い」


「ほらよ」


 ロッセルは初めから要求されるのが分かっていたかのように、手早くポーチの中から以前作って渡してくれた木製の棒を取り出し、俺へと放り投げる。

 用意周到なヤツだな。そんな感想を抱きながら投げ渡された棒を掴み取り、慣性のままに棒を身体の周りで振り回す。よしよし、良い感じにしっくりくる。やはり、棒術は良い。

 この前、ロッセルから棒を渡されて使った後、しっくりこなかった俺はこっそりと練習していた。俺の心の師匠である「龍飛先生の武術教室」をゲーム箱の奥底から引っ張り出して棒術をみっちりと鍛えていたのだ。


 まるでバトントワリングでもしているかのようにブォンブォンと棒を回転させて身体に馴染ませる。練習の甲斐もあってか、棒はまるで体の一部のように動く。


「よし、問題ない。いつでもいけるぜ」


 俺が中心に立ち、両手で棒を構える。それをフォローするようにロッセルとライギュウが左右に展開した。

 相対するフェイは目を見開き、俺の棒捌きを眺めた。それからニヤリと口角を上げると、掌をこちらへ向け、挑発するようにクイクイと指を折ったのだった。






********************


セオリーが練習していた「龍飛先生の武術教室」に関しては「第118話 エンドレス死亡フラグ」にも出てきています。あと、ロッセルとの戦闘時にもチラリと触れましたね。

もし、次の更新までに時間があれば118話だけでも読み返してみてください。ちょっと話が繋がります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る