第168話 シン・飛龍
▼セオリー
「三神貿易港の北と西で戦っている黄龍会や甲刃連合の忍者たちにも戦いを止めるよう命令を出せるか?」
ルンペルシュテルツヒェンに手を貸し、起き上がらせる。俺は戦いを収束させるため、彼に指示を出すように求めた。
社長室の中央にあるソファでは、イリスがテキパキとウォルフとメイズを縄で縛り上げている。ルンペルシュテルツヒェンと同様に二人も負けを認めたようで抵抗はない。
これで三神貿易港の中央は抑えた。あとは黄龍会と甲刃連合の寝返り組を鎮圧すればクエストクリアだ。
「……分かった。でも、彼らが素直に私の言うことを聞いてくれるかは分からないよ」
「それでもココが落ちたことは伝わる。戦意が削がれれば勝手に逃げ出すヤツらも出てくるだろ。そうなりゃ、あとは自然に瓦解するさ」
ルンペルシュテルツヒェンは俺の考えに同調するように頷くと、懐から無線機を取り出し、連絡を取り始めた。
「私だ。聞こえているかい。すまないが我々は負けてしまった。黄龍会および甲刃連合の忍者は各自撤退してくれ」
「───っ!」
「あぁ、怒るのは分かるよ。しかし、相手には頭領が二人もいてね。さすがに手も足も出なかったんだ」
なおも無線機の先からは怒鳴り散らすような声が聞こえてくる。おそらくは北と西の陣営を任された隊長格の忍者たちだ。
彼らからすれ互角か、もしくはヤクザクラン連合の方が若干有利くらいに感じていたはずだ。それが急に中央を落とされたから撤退しろ、と言われても簡単には納得できないだろう。
「ふぅ、そりゃそうなるよね。……ムーラン、テツジ、部隊に撤退命令を下せ」
怒鳴り散らしてくる無線に対して、ため息を吐いた後、ルンペルシュテルツヒェンは名前を呼び、命令を発した。すると、無線の先から聞こえていた怒声は一瞬にして静まる
「オーケイ、これで各陣営の隊長は撤退し始めるよ。隊長が尻尾巻いて逃げ出せば部下たちもそれに追随するだろうね」
ルンペルシュテルツヒェンの言うことを裏付けするように、タイドから西の敵陣営が撤退し始めたという連絡が入る。それから少し遅れて北陣営からも同様の連絡が入った。
「話には聞いていたけれど、これがお前の固有忍術か」
「シュガーミッドナイトがネタ晴らししたのかい?」
「あぁ、なんでも常時発動型の忍術なんだってな」
「その通り。あまり居ないんだよ、常時発動型って」
ルンペルシュテルツヒェンの固有忍術『忌名術』は覚えた時からずっと常時発動しているのだという。最初にシュガーから聞かされた時は驚いたものだ。
とはいえ、これで戦いもじきに収束するだろう。あまり戦闘らしい戦闘をしないままクエストが終わってしまった。さすがにシュガーとイリスを呼んだのはオーバーキル過ぎたかもしれない。今更ながら頭領のバランスブレイカーっぷりが身に染みた。
(
そんな時だった。
北の戦場で戦っていたアリスから急な念話術が送られてくる。
(アリスか、どうした?)
(申し訳ありません。私は一時戦線を離脱します。どうか、お気を付けください。そちらに厄介な忍者が向かっております)
(厄介な忍者? それってどういう……)
俺がアリスへ聞き返す前に、タカノメの緊急回線が割り込んできた。
(警戒! そちらに向かって、……龍が飛んで行ってる)
(はぁ? どういう意味だよ)
(そのままの意味)
タカノメの言葉に疑問符を浮かべつつ、窓の外を見る。そこには視界いっぱいに広がる黄金に光り輝く東洋の龍が映った。しかも、社長室の中にいる者たちを一人残らず喰らい尽くさんと大顎を開けている。
「はぁっ!?」
思わず、叫び声を漏らしながら横っ飛びに回避行動を試みた。直後、社長室の窓ガラスを突き破りながら龍が突入してくる。轟音が鳴り響き、煙が巻き上がる。
「一体、何が起きてるんだっ……?」
「ホラ、助けに来てやったヨ、パトリオット・シンジケート。これ、貸し
「君は、フェイか! 違う、もう良いんだ。戦わなくていい。撤退するんだ」
ルンペルシュテルツヒェンは煙の中から現れた黒丸眼鏡をかけた老齢の男フェイに撤退するよう指示を出す。しかし、彼は首を横に振った。
「こんな中途半端な形で戦いを終えられては困るネ。そちらは関西に逃げ帰れるかもしれないケド、こちらはここにしか居場所が無いんだヨ」
「それは大丈夫だ、そこにいる企業連合会の会長セオリーが関東のクランを纏め上げてくれる。黄龍会だけを不当に扱うことはない」
「ホッホッホ、まさか懐柔されたカ? 話にならないネ」
フェイは後ろ手に組んでルンペルシュテルツヒェンの言葉を一笑に付す。
そんなフェイに対して、イリスがツカツカと近寄っていった。
「だったらどうするつもりなの? まさか一人でこの人数と戦うつもりかしら」
「ホウ、なかなか手強そうなのもいるじゃないカ」
「まあねー。一応、頭領になって長いからさ。そこそこ強いと思うよ」
イリスはうそぶくように答える。俺としては“そこそこ”なんてもんじゃねーだろ、とツッコミたいくらいだ
「さっきのくノ一といい、今日は強者と多く巡り合えて運が良いネ」
さっきのくノ一?
フェイの言葉に引っ掛かりを覚えた。そういえば、彼が来る直前にアリスから戦線を離脱するという念話が入っていた。まさか、こいつはアリスを
「フェイ、お前はここに来る前、アリスと戦ったのか?」
「さぁ、分からないナ。名前は聞かなかったからネ。ただ、彼女は北の戦場で一人飛び抜けた強さを持っていたヨ」
北の戦場に居て、飛び抜けて強いくノ一なんてアリス以外に考えられない。
もしかして、このフェイという男、かなり危険なんじゃないか。
「イリス、気を付けろ。コイツはアリスを倒してる可能性がある」
「本気で言ってる? アリス相手は私でもちょっとしんどいくらいよ」
「ノンノン、さすがに倒すのは無理だったネ。少し遠くまで吹き飛ばしただけ」
俺とイリスのやり取りを聞いたフェイは人差し指を左右に振りながら、訂正するように答える。遠くまで吹き飛ばしただけ? それをアリス相手に実行した時点でコイツも化け物だ。
「君はイリスと言うんだネ」
「あら、覚えてくれたの?」
「君とは後で一対一の手合わせを願いたい」
「ここで良いじゃない。相手になってあげるわ」
「いや、ここでは邪魔が多い。周りを気にせずやり合えた方が君も気兼ねしなくてすむヨ」
「あら、そう?」
「あぁ、ではまた後で」
何気ない会話の最中だった。突如、フェイの姿がブレるようにして搔き消えた。俺の反応よりも早く、イリスが臨戦態勢へ入る。遅れて俺も腰を落とし、周囲を見渡した。しかし、どこにもフェイの姿は見当たらない。
「ここ!」
イリスが貫手を放つ。何も無かったはずの空間にフェイが現れ、イリスの手刀が彼の腹部を貫いた。
さすがイリスだ、急に姿を消したフェイを見事に見つけ出し、一撃の下に倒した。そう、錯覚してしまった。
「いつまで囮に気を取られてるカ、こっちヨ」
たしかに腹部を貫かれたはずのフェイが、いつの間にかイリスの懐に潜り込んでいた。地面すれすれを這うような歩法。まるで蛇を思わせる動きだった。
「『
フェイは言葉を紡ぐと同時に両掌を合わせてイリスへ向ける。すると、掌から波動のように光があふれ出し、やがて龍を形作った。金色の龍はイリスに食らいつくとそのまま空へ飛び立つ。
「『瞬影術・影跳び』……あれ、噓でしょ。跳べない?!」
珍しくイリスの焦ったような叫び声が遠く離れていきながら空の彼方へ消えていった。
「マジかよ……」
もしかしてアリスを遠くへ吹き飛ばしたのも、この技なのか。
(こちらタカノメ。龍が南へ向かって飛んでいくのを確認した)
(その龍、イリスを咥えて行きやがった)
(先ほど、北の戦場からも
(……だろうな)
考えたくはないけれど、そうとしか考えられない。
瞬く間の内にフェイの手にかかり、頭領が二人戦線離脱させられた。逆嶋バイオウェアに一人で乗り込んで組織抗争を終わらせた男だ、っていうのは知っていたけれど、ここまでヤバいヤツだったなんて。
「五行龍爪、だと……?! それはユニーク属性持ちの極上忍具じゃないか!」
シュガーがそそくさと不用意にフェイへと近付いていく。
「よく知っているネ。黄龍会の保持する最強の忍具ヨ」
「それはそうだろう。天上忍具には届かないとはいえ、それでも十分に人の身に余る力を保有する強力な忍具だ。ヤバい、ヤバすぎるぞ!」
シュガーは感激したような、半分声が裏返りかけているような高いテンションで解説している。どうやらコイツは俺が思っているのとは違う意味でヤバいと感じているらしい。
まるで頬擦りしそうなほど近くまで寄って、フェイの指を覆うようにして嵌められた
「君はユニーク忍具の
「無論、ニド・ビブリオのユニーク忍具部門の人間だったからな。文書に残されている忍具は丸暗記しているよ」
「そうか、それは困るナ」
フェイがそう言った直後、シュガーの左胸に穴が開いた。誰にも反応できない速さで、シュガーの心臓がくり貫かれていた。五行龍爪の嵌められた指で抉り取った心臓が、フェイの掌の上で跳ねている。
「これで残るは雑兵だけだネ」
シュガーが倒れる。そして、フェイはゆっくりと社長室にいた面々を見渡したのだった。
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サイバーパンク:エッジランナーズを観ました。
とても面白いです。SFやサイバーパンクな作品が好きな方はぜひ観て欲しい。
10話で完結するので、少し長めの映画を観るくらいの気軽さで摂取できます。
最高!
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