第167話 ルペルの最悪な一日・Q

※注意

今回はちょっと長いです。(当社比1.5倍)



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▼ルペルまたはルンペルシュテルツヒェン


「世界の滅びかー、想像つかないな」


 私の話を聞いても、イリスは信じられないようだった。最初に私が関西地方のプレイヤーたちに対して注意喚起の声をあげた時と同じ反応だ。

 もちろん、イリスにも最初から信じてもらおうだなんて思っていない。もっと言えば信じてもらおうとすること自体をすでに半分諦めていた。


 NPCであれば話を聞いてくれる者が少なからずいたが、プレイヤーとなるとほとんどがこの件について真面目に取り合ってくれなくなる。

 この世界は「‐NINJA‐になろうVR」というゲームの中だ。運営側としてもゲームの世界を破壊してしまうようなギミックを仕込んだりはしないだろう。そう考えるプレイヤーが大半だった。


「知っているかな。私たちが活動している七つの地方、その集合体であるこの世界の外にも国が存在するんだ。……いや、存在したと言った方が正しいね。それらの国々はすでに滅んでいるから。そして、その国々はいずれも宇宙そらから来た獣によって滅ぼされたんだ」


 イリスは怪訝な表情のまま、けれども私の話を黙って聞いていた。いずれの話も眉唾だったろう。しかし、外の世界の状況に関しては確かな文献として残されている。

 私はシュガーミッドナイトへ視線を向けた。シュガーミッドナイトは頭を掻くと、観念したように口を開く。


「あぁ、その件は確かにニド・ビブリオでも調べがついている。正しい情報だ」


「そんな話、聞いたこともないわ。それに黄龍会やパトリオット・シンジケートの母体は海外でしょう。外の世界の国々が滅んでいるならどこからNPCが派遣されてるわけ?」


「その辺の話はややこしいんだ。この世界のバックボーンに大きく抵触する話だからな。ニド・ビブリオとしては時期が来るまで公表を控えることにした。いまや、俺も外様だからな、俺の一存で話すことはできない」


「あらそう、ならその話は一度置いときましょう。続きは?」


 中華系の黄龍会や世界的犯罪組織であるパトリオット・シンジケートの存在を知っている者なら、そもそもの背景設定を覆してしまう先ほどの話は気になるだろう。しかし、イリスはその詳細を後回しにしてまで、私に話の続きを促した。


「この場にシュガーミッドナイトが居てくれて良かったよ。君のおかげでイリスに多少は聞く耳を持ってもらえそうだ」


 私としてはここで敗北すること自体は、もうすでに問題ではなくなっていた。

 今この場には関東地方における最強の一角である頭領イリスがいる。彼女へ世界に迫っている危機を伝えられれば滅びを食い止めるという目標に一歩近づくだろう。


「この世界のサーバーは七つある。七つの地方に七つのくびき、ワールドクエストを達成することで解放されるワールドモンスターも七体だ。綺麗にパズルがハマり過ぎているとは思わないかい? 私は今回解放されるというワールドモンスターこそが予言で言われていた七大罪の獣なんじゃないかと睨んでいる」


 自分の考えを正直に話す。ここで腹の内を探る必要は無い。ただ真っ直ぐに話をして、その上で頭領の意見を聞きたい。それに、もしかしたら彼女は彼女で私とは異なる情報を持っている可能性もある。その情報が得られれば一石二鳥だ。


「疑問なんだけどさ。その世界を壊しちゃうっていう獣がワールドモンスターなんだったら、必然的にプレイヤーたちは協力して倒そうとするんじゃない?」


「君の言うことは正しい。確かにプレイヤーたちは少なからず協力し合うだろうね。でも、私が知り得ている情報を加味して試算すると、二つ三つのクランが協力したくらいではまるで足りない。一つの地方に存在するクラン全てが団結するくらいでないと太刀打ちできないんだよ」


「ふぅん……。つまり、パトリオット・シンジケートは世界の滅びを回避するために関東地方のクランを全て支配下に置こうとしたってわけ?」


「そうだよ」


「付け加えると、当初はその計画を関西地方で実行しようとしていた」


 私の返答に対して、シュガーミッドナイトが情報を付け加える。


「君のおかげでそっちの計画は頓挫したけどね」


「当たり前でしょう。一つのクランが一つの地方を完全な支配下に置くなんて現実的じゃない。関西だけでなく関東でも失敗するのがオチよ」


 イリスからも耳の痛い忠告を頂いた。頭領ですらこう言うのだ。やはり、私のやり方では無理なのか。


「……それでも、やるしかないんだよ。知ってしまったからには」


「ふぅん、まるで悲劇の主人公気取りね」


「どうとでも言うがいいさ。プレイヤーたちは私の言葉に耳も貸さない。NPCだって大半は私を妄想に憑りつかれた者と見るだけだ!」


 思わず語気が強まってしまった。私らしくもない。荒く上下している肩を両手で抱きかかえると、感情の昂りを努めて鎮める。

 イリスやシュガーミッドナイトはどう思ったのか。窓ガラスが割れ、夜風が入り込む社長室は瞬く間の内、静けさに包まれた。


「……なぁおい、あまりルペルを責めないでやってくれよ。コイツだって自分なりに考えた結果なんだぜ」


 そんな沈黙を破ったのはウォルフだった。いつもの騒がしさは鳴りを潜め、幾分か真面目な表情を浮かべている。


「そ、そうよ! ルペルは世界を守ろうとしてんだから! アンタたちこそ、ここで妨害したら後で泣きを見るんだからね」


 ウォルフに続き、メイズも勇気を振り絞ったような震える声で、しかし、それでも力強く食って掛かった。

 そんな二人の様子を見て、イリスはハァと一つため息を吐いた。それからシュガーミッドナイトの方を見て、続けて胸元に付けたピンバッジへと向けて話しかける。


「なーんか、私たちが悪者みたいな雰囲気になってるんだけどー」


 イリスが話しかけると、かすかにピンバッジから声が漏れ聞こえる。ハッキリとは聞き取れないが、おそらく通信機になっているのだろう。話しかけている相手は想像するに一人しかいない。


「はいはい、それじゃあ、どうするかは総大将が決めちゃってよ。そろそろ、こっちに着くんでしょ?」


「あぁ、待たせて悪い。ちょうど到着したよ」


 イリスの声に合わせて、タイミングよく社長室の扉が開いた。そこに立っていたのは企業連合会の会長にして、どうやら今回の作戦では総大将を務めていたらしいセオリーだった。脇にはウォルフを打ち倒したロッセルも控えている。


「話は通信機ごしに聞かせてもらった。そっちにもそっちで事情があったってわけだ」


 どうやら、イリスの持つ通信機を通して我々の会話は全て彼に筒抜けだったらしい。すたすたと窓際にいる私の前まで歩み寄ってきたセオリーは、しゃがみ込むと私の肩に手を置いた。


「それで? 逆嶋で起こそうとしたカルマの事件、三神貿易港への襲撃、八百万神社での成り代わり殺人、全部お前が裏で糸引いてたのか?」


 肩に置かれた手に力がこもり、指が肉に食い込む。


「頭領の居ない私たちは策を弄するしかなかったからね。だから最初アリスを手駒にしようとした。……結局失敗したけどね。あそこでリデルを失ったのは痛かったよ」


「そんなことを聞いてるんじゃない。お前は世界の滅びを食い止めるって言ったその口で何の罪もないNPCを殺したのかって聞いてんだ」


 遅まきながら、私はここで初めて気付いた、表情には全く出てないけれど彼がとても怒っているということに。


「悪役なら悪役らしく最後まで悪であって欲しかったよ、俺は」


「別にやりたくてやったわけじゃないさ。滅びを回避するためには全てのクランを一つにまとめなきゃいけなかった。必要なことだったんだ」


「そんなこと知ったこっちゃない。ただ、お前が起こそうとしたことはいずれも一歩間違えば惨劇だった。いや、三神貿易港に至っては実際に起きてしまった」


 肩に置かれていた手が離れた。その手が振りかぶられ、握り拳が形成される。黒いオーラが拳を包み込むのを見るに、おそらく『集中』で拳に気を纏わせているのだろう。


「とりあえず、一発歯ぁ食いしばれ」


 彼の言葉を聞いた直後、左頬に殴られた衝撃と熱さが広がった。

 さっき窓際まで吹き飛ばされたイリスの掌底に比べれば何てことはない。ただ顔だけが揺さぶられる程度のひ弱な一撃。『集中』を使ってすらこの程度の攻撃なことに驚くほどだ。


 しかし、それ以上に彼の感情を直接叩きつけられたような、心揺さぶられる感覚が体の芯に強く残った。

 ただの一般NPCの命などほとんどのプレイヤーは意識していない。自分から殺そうとはしなくとも、クエストなどで巻き込まれて死亡するNPCが出ることはゲーム上仕方のないことだと割り切っている者が大半だ。

 また、ユニークNPCも一般NPCを軽視しがちだ。プレイヤー以上に自分とは違う存在として認識してしまう者が多いらしい。だが、そんな中でセオリーはNPCの死に対して本気で怒り、悲しんでいるようだった。


「はぁー……、……ここまでは俺個人の感情だ。こっから先は切り替える」


 セオリーは大きく息を吐く。それから気持ちをしっかりと切り替えるために自分の思考をあえて口に出して発した。


「ルンペルシュテルツヒェンだったか。シュガーから敵の可能性としてお前のことは聞いていた。そして、実際にお前が敵だった場合の処遇も考えてある」


「へぇ、どうするんだい? 分かっているだろう、私はプレイヤーだ。いくら殺したってリスポーンするよ」


「あぁ、分かってるさ。それにこれだけ派手に色々やっといて運営側からの刺客がお前を襲ってないところを見るに、ちゃんとルールにはのっとって活動しているわけだろう」


「そうだね、だからこそヤクザクランに入ったんだ。自分たち側から抗争を仕掛けられるとか利点があったからね」


 当然、これだけの規模の侵攻作戦などを画策すればカルマ値はどんどん低下していく。しかし、カルマ値がいくら下がろうとも、直接的にルールを破ったり、重要NPCを殺すといった一線を越えてしまったりしない限りは指名手配や運営からの刺客が来ることは無い。

 つまり、私の行動はゲームにおいては肯定されるヤクザクランの動きの範疇なのだ。


「それでどうすればいいか考えた。その結果、俺はお前の目的を成就させることにした」


「……なんだって?」


 彼が何を言ったのか一瞬私は理解できなかった。

 目的を成就させると言ったか? 私の目的は滅びを食い止めるために地方にある全てのクランを一つにすること。……彼にはそれができるというのか?


「ハッハァーッ、それはさっき、そこのネーちゃんに否定されてるんだぜ」


 絶句する私の代わりにウォルフが答える。

 たしかに先ほどイリスが私の目的に対して、「一つのクランが一つの地方を完全な支配下に置くなんて現実的じゃない」と否定的な発言をしていた。


「イリスが言ってたのは、一つのクランが全てを掌握しようとするのは無理だって話だろ。だったら無理に一つのクランが牛耳るんじゃなく、それぞれのクランの存在を尊重しつつ、協力し合える体制を築き上げればいいじゃないか」


「何を言っているんだい?! クランはコーポクランやヤクザクラン、警察クランに暗殺クラン……他にもたくさん、多種多様なんだ。中には存在自体が相容れない水と油みたいなクラン同士だってあるんだよ」


「そのくらい分かってる。だったら、そういったクラン同士の間で緩衝地帯になる組織を作ればいい。企業連合会なんてその最たるものだと思わないか?」


 桃源コーポ都市の企業連合会。

 たしかに中心となっているのはコーポクランだが、ヤクザクランのフロント企業も参加している。それに今回の三神貿易港への進攻において、シャドウハウンドがセオリーの号令によって参上したのなら、警察クランも彼と協調していることになる。


「セオリー、君は本当に一介の中忍頭なのか。現状にして、君の一声でいったいどれだけの数の忍者が動いたというんだい」


「そんな大した数じゃない。ただ、これまで培ってきた親交はまぎれもなく力になってくれてると感じているけどな」


 セオリーの背後にはシュガーミッドナイトとイリスがいた。そして、三神貿易港の北と西でいまだ戦いを続ける八百万カンパニーとシャドウハウンドの忍者たちも彼の呼び声の下につどっていた。

 さっきの拳からも分かる通り、彼自身の強さはそれほどでもないのかもしれない。しかし、その背中を支える人々の数が、彼という存在を太く、厚くさせているのだ。


 それに比べて、私はずいぶんと独りで戦い過ぎた。

 ウォルフやメイズ、リデル、カメリア、フェッチストック。他にも何人かの賛同者は私のフォロワーになってくれた。しかし、それでもそれぞれの存在は「個」だった。「個」が寄り集まって「群」となる。私たちはそれでようやく一つの「群」になれた。

 黄龍会や甲刃連合の寝返り組も共に戦ってはいるけれど、彼らは自らの欲のため、野心のために戦っている。目的が違うのだから、当然それぞれが別々の方向を向いてしまっていた。


 けれども、セオリーは違う。

 彼という「個」を支えるいくつもの「群」があった。支える対象が「個」だからこそ、目的は一つに定まる。彼の向く方へフォロワーの「群」は進めばいい。


「……初めから私のアプローチは間違っていたのかな」


「んなの結果論だろ。同じ立場なら俺だってそうしたかもしれない」


「ふふ、安いお情けは結構さ。……それで君は私の目的を成就させるって言ったよね。一度いた唾は飲ませないよ」


「あぁ、望むところだ」


 セオリーは立ち上がると、私に向けて手を差し出した。

 この手を取れということか。私が活動を開始してから、手を差し伸べられたことがどれだけあっただろう。それよりも、ずっと多くの拒絶に晒されて、もはや覚えてもいない。

 そんな私にとって、差し出された手はまるで救いのように映った。どうにかしようとがむしゃらに突っ走ってきたけれど、それは私の身には過ぎた想いだったのかもしれない。スッと肩の荷が軽くなったように感じた。


 そうして、私は彼の手を取ったのだった。






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しばらくの間、「サイバーパンク エッジランナーズ」を隙間時間で視聴するので小説書く時間が削れます。更新が遅くなってしまった際は「あ、こいつアニメ観てるな」と察してください。

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