第3話 最終試練
▼影子・サード
森林の奥、赤い狼煙の上がっていた地点から少し離れた位置にある洞窟に二人はいた。両者ともに血を流し、地面には大きな血溜まりができている。セオリーや他の子どもたちから教官、先生などと呼ばれている私は、倒れる二人に医療忍術を施していく。
一人はセオリー。
現在チュートリアル中のプレイヤーだ。今回のチュートリアルは、固有忍術を発現させるために強い感情の発露を誘発させるというものだった。ほとんどのプレイヤーは襲撃してきた忍者を撃退するため、もしくは身を守るために固有忍術を発現させる。しかし、セオリーは襲撃者との戦闘中には固有忍術が発現せず、その後にエイプリルを死なせないために発現した。
もう一人はエイプリル。
プレイヤーを守るために固有忍術を発現させ、身を挺した結果本来ならここで死亡するはずだった者だ。
私は医療忍術を用いてエイプリルとセオリーの傷を急速に治癒させていく。緑色のオーラが二人を完全に包み込み終えると、途端に出血が緩やかになっていった。しかし、いくら医療忍術を使ったとしても、あと少しでも出血が多ければエイプリルは生き残れなかったはずだ。
セオリーの『不殺術・仮死縫い』により、エイプリルは生命を維持できる最低限度にまで心臓の鼓動が抑えられ、強制的に仮死状態へと移行させられた。その結果、出血する量も減り、医療忍術が間に合ったのだ。
そして、エイプリルが生き残ったことが珍しいことだった。
「‐NINJA‐になろうVR」が稼働して一年が経つ。
この一年の間で様々なプレイヤーが固有忍術発現のチュートリアルを通過していった。しかし、その中でエイプリルが生存したまま終えることができたプレイヤーは滅多にいなかった。RPGのストーリー上、死ぬことを運命づけられたNPC。エイプリルはそんな立ち位置だった。
関東地方のチュートリアルを担当している影子・サードにして、固有忍術発現のチュートリアル中にエイプリルを生存させることができたのはセオリーを除くと今までに一人だけだ。
セオリーの最終試練はここで分岐した。
本来、チュートリアルの最後には最終試練と称して教官役である私、影子・サードが組手の相手をして終了となる。だが、この先に待つ最終試練は彼の性根を考えれば間違いなくより過酷となったと言えるだろう。
その時、彼がどのような選択をするにせよ、運営側のNPCである私にはどうすることもできない。セオリーに同情するような目線を向け、その後、山村まで二人を連れ帰った。
▼セオリー
目が覚めると見慣れた天井が映る。気付けば山村の家屋で寝かされていた。
ふと横を向くと、座布団にあぐらをかいて座る教官忍者の姿があった。教官忍者は俺が目を覚ましたことに気付くと湯呑みを差し出してきた。
「よくぞ生き残った」
俺は湯呑みを受け取り、中に注がれたお茶をすする。水分を摂取して頭の中がクリアになっていく。それと同時にエイプリルのことを思い出した。
「エイプリルは?! ……彼女は無事ですか」
俺の質問を手で制した教官忍者は指を口元に当てつつ、俺のいる布団の反対側を指差す。そこには俺と同じように布団で眠るエイプリルの姿があった。その姿を見て心からホッとする。しかし、そんなホッとしたのも束の間、教官忍者が巻物を広げ始める。
「では今日は座学としよう」
そして、そのままシームレスに次のチュートリアルへと移行した。次のチュートリアルはダメージに関するものだ。
プレイヤーは死亡した場合、経験値をいくらかロストするというデメリットを受ける代わり、死亡する前までに受けていたダメージがリセットされる。逆に言えば、死なない限りは受けたダメージが残り続けるということだ。
受けたダメージはログアウト中に微量ずつ回復し、食事を摂ることで少量回復する。特殊な丸薬などは物によって回復量が異なり、医療忍術であれば大きな傷も治すことができるようだ。
今回に関してはその医療忍術のおかげで俺もエイプリルも無事だった。気を失う直前の状況を思い返すと助かったのが奇跡のように感じられる。実際、教官忍者が言うには命の瀬戸際をギリギリで綱渡りしたようなものだったらしい。
俺の固有忍術が少しでも生存率を上げていたのであれば幸いだ。隣の布団でスヤスヤと眠るエイプリルを見てそう思った。
さて、そんな医療忍術にも限界がある。例を挙げると、部位を欠損するほどのダメージを受けた場合は完璧に治癒させることが難しいようだ。
腕を切断されるようなダメージを受けた場合、切断された腕が残っていればそれを縫い合わせる形で治すことができる。しかし、切断された腕自体を消失してしまった場合は切断面を塞ぐことしかできない。無くなった腕がニョキニョキと生えてくるようなファンタジーはないということだ。
その代わり、科学技術が進歩したこの世界では義肢などがより進歩している。そう教えてくれながら教官忍者は装束を捲り上げて片脚を見せてくれた。その脚は膝から先が金属でできた義足となっており、まるで本物の脚のように動いていた。
忍者の中には敢えて全身の至る所を機械へと換装することで身体能力を上げたり、体の内側に武器を仕込んだりする者もいるのだという。こういった機械への換装を義体化と言うそうだ。
ダメージに関するチュートリアルが終わった後は再び早回しの人生追体験が始まった。その中でセオリーのほかに十二人いた子どもたちは段々とその数を減らしていった。いなくなった者たちはどうなったのか教官忍者に聞いてみると、その者たちは固有忍術を発現する兆しがないという理由で「根」の道へ分かれたのだという。
固有忍術が発現しなかった忍者は、別のくくりの中で生きることになる。それは「根」と呼ばれる特殊な忍者だ。
通常、忍者のランクは下忍、中忍、中忍頭、上忍、上忍頭、頭領の六段階に分かれる。そして、中忍頭から先は下位の忍者たちを配下として従えることができるようになる。その配下となるのが「根」の忍者だ。
また、根にもランクがあり、根から草へ、草から花へ呼び名が変わる。さらに一定以上の成果を上げた花は特忍と呼ばれる準上忍相当のランクにまで上がることができる。
(おそらくNPC専用のランクなんだろうけど細かく分かれてるんだなぁ)
こうしてチュートリアルをこなし、ある程度は基本的なことを全て学んだかなと思い始めた頃、唐突に時間経過がより早くなった。最終的には追体験していた日常風景の様子も途切れ途切れにしか認識できず、数十秒足らずで一年が経過していくまでになる。目まぐるしい風景の移り変わりがしばらく続き、気付けば世界の様子が一変していく。そして、再び時間経過が現実と同期した。
目の前には十七、八歳くらいにまで成長したエイプリルがいた。俺がエイプリルを見下ろしている関係から、俺の身長もかなり伸びたようだ。おそらく最初のキャラクター作成で設定した身長まで成長したのだろう。
「さぁ、セオリー、最終試練場に行きましょう」
エイプリルが先導するようにして歩き出す。一緒に修行していた子供たちは他に居ない。残ったのは俺とエイプリルの二人だけのようだ。そして雰囲気から察するに、どうやらチュートリアルの終わりがそろそろ近づいてきているらしい。
エイプリルの後を追って歩を進める。向かう場所は山村の裏にある山の頂上。そこには吹きさらしの石でできた簡易的な闘技場があった。闘技場の中央では教官忍者が仁王立ちしている。エイプリルは教官忍者の前まで行くと片膝立ちで
「最終試練に残ったのは、お前たち二人だけだ」
教官忍者の静かな、それでいて張り詰めたような声が山の頂上に響く。
「そして、お前たち二人はとても幸運だ。なぜなら、たった十三人しかいない忍びの卵の中から二人も固有忍術を発現した者が誕生したからだ」
まるで祝福するかのような声をかけてくる教官忍者に、俺は思わず顔を上げた。
「……え?」
しかし、その顔は祝福する表情ではなかった。むしろ般若のごとき強張った表情をしていた。そのことに驚いて気の抜けた言葉を発してしまった俺を、教官忍者は無視してさらに言葉をつづけた。
「よって、お前たちには殺し合いをしてもらう」
一瞬、教官忍者が何を言っているのか理解できなかった。隣にいるエイプリルと顔を見合わす。どうやらエイプリルも意味が分からないようだった。その顔は困惑に染まっている。
「簡単な理由だ。今この時に限り、殺した者へ殺された者の固有忍術が取り込まれるからだ。この世界では二人の凡庸な忍者が生まれるよりも一人の非凡な忍者が必要とされている。……分かったならば、戦え!」
呆然とする俺の目の前に、青白く発光する電子巻物が現れる。これはゲーム的なアナウンスが表示されるシステムウィンドウだ。そして、そこには『ユニーククエスト:
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