第269話 摩天楼ヒルズ包囲網


「やはり彼らを逃がさずにおいて正解だったようだ」


 クロは不敵に笑む。キツネ、ヘビ、ウサギの三匹を待たせてでも真っ先に打った手、それは摩天楼ヒルズの封鎖要請だった。

 クロの要請を受け、即座に公営警察機関が摩天楼ヒルズの全出入口を封鎖した。現状、摩天楼ヒルズから外へ出るためには検問所で何重ものチェックを受ける必要がある。


「すでに摩天楼ヒルズは厳戒態勢へ移行している。いくら頭領のアリスが居ようと無理やり出ていくのは不可能であろう」


「なるほど、先手を打っていたのですね。しかし、検問は所詮シャドウハウンドでしょう。どこまで信頼を置けるのですか?」


 クロの言葉を受けてヘビが尋ねる。ヘビが感じたのと同じように、キツネとウサギも引っ掛かりを覚えていた。クロの言う、頭領のアリスがいても無理やり出ていくのは不可能、という自信がどこからきたものなのか判断がつかなかったからだ。


「無論、検問はシャドウハウンドだが、それに加えて『鳴神忍軍』へ協力要請を出している」


 クロが鳴神忍軍という名を出した瞬間、他の三匹が唸った。三匹の心中は概ね同じだ。すなわち「そこまでしたのか」という驚嘆と感服である。


「じゃあ、このセオリーって子は『指名手配』なのー?」


「その通り。重要NPCである私へ危害を与えようとしたのだ。シャドウハウンドの証言もある。申請は滞りなかったよ」


 鳴神忍軍は公営行政機関「ヨモツピラー」直属の機関。つまり、運営側の組織である。

 彼らの任務はゲーム・・・内の重要NPCに対し不当な攻撃を行ったプレイヤーへペナルティを与える、というもの。

 他にもカルマ値が一定以上マイナスになっているプレイヤーを発見次第排除するなど細々とした任務も色々とあるが、大まかにまとめてしまえばバッドマナーなプレイヤーに対するお仕置きを遂行するゲーム世界秩序の番人なのである。


「摩天楼ヒルズという檻の中でどこまで逃げおおせることができるかな」


 運営側を味方につけ、クロは水槽の中でようやく人心地ついた。ゆったりと身体をくねらせる。

 さて、とはいえ鳴神忍軍も積極的にセオリーを探しに動くわけではない。見つければ天誅とばかりに攻撃するだろうが、頭領のアリスが付いているならば見つかるヘマは早々しないだろう。となれば座して見ているほどクロたちも暇ではない。

 クロが電子巻物を呼び出し、何やら操作していく。ほどなくして摩天楼ヒルズ全土の無所属忍者向けに、新たなクエストが発令された。



 クエスト:指名手配の忍者『セオリー』、および協力者の女性忍者2名の捕捉



 居場所を確認し、報告するだけで経験値を貰える緩めのクエスト。クロはあえて緩い達成条件を付けてクエストを発した。こうしておけばプレイヤーは空いたクエスト枠でついで・・・に受注してくれるからだ。そして、居場所さえ分かれば鳴神忍軍にリークして潰してもらえばよい。打てる手は打った。


 クロは満足げに穏やかな笑みを浮かべた。これでセオリーを追い詰めるのは時間の問題だ。詰みが見えた。その時にはすでにクロの思考は別へ移っていた。


 シャドウハウンドの報告書によって知り得た新たな情報。カルマは逆嶋バイオウェアの所蔵する天上忍具『八尺瓊勾玉やさかにのまがたまの一片』によって封印されているという。つまり、まだ死んだと確定したわけではない。

 仇敵セオリーの心を折った後はアニュラスグループの持てる力を駆使して関東地方へ遠征しよう、そんな未来のことを考えてすらいた。



 だから気付かなかった。

 リンネが興味深そうな顔をして電子巻物に表示されたセオリーの切り抜き写真を食い入るように見ていたことを。






▼セオリー


「なんなんだよ、この包囲網は!」


 眼下に見える道路ではシャドウハウンドの車両がひっきりなしに行き来していた。街中を行き交う人々も片っ端からシャドウハウンドの職務質問を受けている。どうやら『変装術』を見破る忍術まで使用されているらしい。

 俺たちは海鮮料亭・奇々怪海のビルから脱出した後、ホタルと合流するため人気の少ない路地裏でほとぼりを冷ましていた。しかし、それから一時間も経たない内に街の状況が一変する。


「シャドウハウンドが総動員されています。街の出入り口には検問所まで設置されたようです」


 シャドウハウンドの物々しい出動を見て、周囲の偵察へ行っていたアリスは帰ってくるなりそう報告した。街の出入りすら封鎖されたのか。一体全体この街はどうなってしまったのだろうか。

 さらにアリスは言いにくいことを切り出すようにして続けた。


「……それから『鳴神忍軍』も動員されているようです」


「『鳴神忍軍』ってなんだ?」


 聞きなれない言葉に俺はオウム返しに尋ね返す。アリスが口ごもるなんて珍しい。それだけ危険な存在なのだろうか。いかんせん知らない部隊名だ。


「鳴神忍軍はヨモツピラー直属の組織です」


「ヨモツピラーの組織だって!?」


 ゲーム運営側の建物、ヨモツピラー。そこに所属する組織ってことは運営直属と見て良い。安易に逆らっていい組織じゃあないな……。


「鳴神忍軍が司るのは天罰、……カルマ値が大きくマイナスになった対象に対する暴力的対処を執行する機関です」


「天罰か。……なるほど、好き放題するプレイヤーには運営からのキツイ天罰が待ってますってことね。よーく分かった」


 そんな鳴神忍軍が出動している。つまりは悪いプレイヤーが現れたってことだろう。いや、まさかそんな訳ないよな。でも、タイミングが良すぎる。


「そんで街の封鎖の原因は?」


「……」


 アリスが黙ってしまった。調べはついてるけど、言いたくないって感じだ。ダメだ、その反応で全て分かってしまった。


「やっぱり、俺があのクロマグロに喧嘩売ったせいか」


 アリスは控えめに頷き、肯定する。そして胸元から電子巻物を取り出して広げて見せた。


「これを見て下さい、手配書です。最新の欄に主様あるじさまが表示されています」


「おぉ~、これって『指名手配』になった忍者が一覧で出るのか」


「はい、そうです……」


 つまり、今日から俺も『指名手配者』ってことだ。ハハハッ、おいエイプリル、ここ笑うとこだぞ。……ダメだ、エイプリルもアリスも意気消沈して口をつぐんでしまっている。

 なるほど、そりゃあ大変なバッドステータスなのかもしれない。けれども、なってしまったもんは仕方がない。ちょっと情報収集にお邪魔しますってな軽い気分で乗り込んでみただけだったんだけど、図らずも虎の尾を踏んでしまったということだ。


「街中で一番背の高い建物とか安易に踏み込むべきじゃないってことか。教訓を得たな」


「ずいぶん楽観的だけど、これマズいんじゃないの」


「まあ、思ったより大事になっちゃったな」


 エイプリルは胸の前で両手をギュッと握りしめた。街ごと包囲された状況というのは逃げ場を無くした狩りの獲物みたいなものだ。だからこそ、エイプリルは心配してくれている。


「だけど、これはこれで楽しまないと、と思う俺もいるんだよな」


 気分はそうだな、例えるならゲームでダンジョン探索中にモンスターハウスへ転移してしまった時みたいなもんだ。ヤバい状況に陥ってしまったことは分かっているけど、それはそれとしてこの状況を切り抜けられたら絶対に最高の達成感が待っているはずだ。

 そんな俺の気持ちを聞いて、エイプリルもアリスも呆気に取られた表情をしていた。たしかに絶体絶命な状況で楽しもうとしているなんてNPCからしたら酔狂ものだろう。


「もしも、エイプリルやアリスが指名手配になってたら俺も楽しもうなんて余裕はなかったかもしれないけどさ」


 それに尽きる。結局のところ指名手配されているのは俺だ。一番危険なのは俺なのだ。逆に言えば俺以外はそこまで執拗に追いかけられないんじゃないかって思う。

 いざとなれば俺が囮になってエイプリルやアリスは脱出してもらおう。プレイヤーなんてデコイだ、デコイ。


「だから、せっかくだし中四国地方を楽しもうぜ」


 という話に帰結する。

 ぶっちゃけアリスは納得してないっぽい。いざとなった時に俺が俺自身を捨て駒にする気満々なのが不満なのだろう。

 その点、エイプリルは少し前向きになってくれたように見える。「ようし、それなら私も派手にやっちゃうんだから!」と張り切っている。


「あんまり派手にやってエイプリルまで指名手配になんなよ。というか、お前はシャドウハウンドなんだからな?」


 むしろ俺の方が心配してしまう。万が一、カルマ値がマイナスになってしまえばシャドウハウンドを解雇されてしまうんじゃなかろうか。

 ……いや、そうなったら正式に不知見組へ所属することになるだけか。そこまでめちゃくちゃ困るって訳でも無さそうだ。




「お待たせしましたー!」


 しばらくして路地裏にホタルが合流した。ホタルにもアリスが偵察して得た情報を伝えると目を丸くして驚いていた。

 そりゃあそうだろう、なんせ指名手配だ。このゲームを始めた最初の頃、コタローが口を酸っぱくして『指名手配』は本当にヤバいって教えてくれた日がもはや懐かしい。俺も組長として一つ業を背負っちまったんだな。これもある種の成長ってヤツ?


「あー……、なるほどですね。それじゃあ、掲示板の女性忍者二人ってエイプリルさんとアリスさんのことなんですね」


「ん? ちょっと待て、ホタル。なんか知ってるのか?」


「それがゲームの外部サイトでお祭りに騒ぎになってるクエストがありまして」


 聞き捨てならないセリフが聞こえた気がする。俺が問いただすとホタルは電子巻物を俺へ見せた。

 それはゲームの外部サイトだった。いわゆる掲示板サイト、そこで一つのスレッドが勢いを増している。



【急げ】摩天楼ヒルズでプレイヤー探しの緊急クエスト発令中!【乗り込め】

 1:指名手配者セオリーor配下の女性忍者の居場所を報告するだけで経験値が貰えるらしいぞ!



 1行目から自分の名前が踊っていて驚く。他のプレイヤーにはこんなクエストが流れてんのか。というか、問題なのは標的に配下の女性忍者と入ってることだ。


「おい、ちょっと待てよ。指名手配の俺だけじゃなくエイプリルとアリスも標的にされてるってことじゃないか?」


「そうですね」


 ホタルの返事が無情に響く。前言撤回、楽しもうなんて浮ついた気持ちでやってる場合じゃない。本気だ、本気と書いてマジと読む。第一目標は決まった。なんとしてでも摩天楼ヒルズから脱出する。


 こうして自分たち以外の全プレイヤーが鬼のかくれんぼが始まったのだった。








******************


昔、バラエティで有名人が数百人規模のオニに追いかけられる番組とかありましたよね。次回、アレ。

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