第268話 アニュラスグループ幹部密談
▼
海鮮料亭・奇々怪海はコーポクラン「アニュラスグループ」が保持する傘下企業の一つだ。
この他にもアニュラスグループは西日本全土に強い影響力を持っている。各地方の名立たるコーポの一角には、常にアニュラスグループ傘下の企業が食い込んでいると言って良いほどである。
クロがグループ幹部へ秘匿回線を使い連絡を回して三時間後。西日本各地に存在するアニュラスグループ傘下企業より続々とグループ幹部が集結していた。
奇々怪海36階、VIP用フロア。フロア中央に設置された円卓には椅子が四つ用意されていた。
すでに座っているのは関西地方「金之尾コンサルティング」のキツネ、中四国地方「ヤマタ運輸」のヘビ、九州地方「キャロット製菓」のウサギ。
はたから見れば三匹の動物がちょこんと円卓に座って向かい合っているという可愛らしい光景である。しかし、いずれもアニュラスグループ幹部にして、各地方の名立たるコーポを従える敏腕社長たちであった。
「ヘビよぅ、クロの言ってた話だが……、ありゃどう思う?」
「カルマ様に関わる追加情報の共有、ですか。あいにく私も知りませんよ」
「同じ中四国地方じゃねぇか。少しくらい情報握ってねぇのかよぅ」
「こちらは運送、あちらは飲食。かすりもしません」
キツネの問いをヘビは袖にする。ヘビだって詳しい話は聞かされていない。そもそもアニュラスグループ傘下企業には横のつながりはほとんど無かった。
彼らがアニュラスグループの傘下に収まっているのは、ひとえにカルマの手によって生まれた存在であるという共通項によるものでしかない。しかし、それ故に彼らはカルマを父とした義兄弟のような形で互いを認め合ってもいた。
「そもそも呼び出したクロがいつまで経っても来ないのはどういうことなのー?」
キツネとヘビの話を遮るように、不満げな声を漏らしたのはウサギだ。
「九州から駆け付けたっていうのに、かれこれ一時間以上待たされてるんですけどー?」
「それを言ったら私は二時間以上待っていますよ」
ウサギの愚痴へ同調するようにヘビもため息を漏らす。同じ中四国地方で早く着いてしまった分、ヘビはウサギ以上に待たされていた。
「とはいえ、各地方の状況が共有できたのは良かったがな」
二人の愚痴に対してキツネは前向きに言葉を漏らす。
「そうですね、関西地方の状況は報告書で聞き及んでいましたが、それほど酷い状況とは思っていませんでしたから」
「生の声は違うってことよねー」
ヘビとウサギも、キツネの話に同意する。
西日本はワールドモンスターの影響を強く受けた。中でも関西は5つあったフィールドの内、4つが崩壊するという大打撃をこうむった地方である。
「プレイヤーどもは我々の生活など気にも留めん」
「やはり私たちは私たちなりのやり方で自衛するしかない」
「そういうことだよねー」
三者三様に思いを新たにしていると、ようやくクロが登場した。カラカラと台車に揺られる水槽にクロマグロのクロが鎮座していた。円卓の不自然に椅子が置かれていない一角へ水槽が寄せられる。
「やあ、諸君。待たせてすまなかったね」
「招集した本人が遅れるたぁ、どういう了見だ?」
「いやなに必要な仕事をしていたのだよ」
クロは青白く発光する電子巻物を出現させると手早く操作し始めた。
複数の電子巻物が並列的に操作され、天井からモニターが降りて来たり、照明の配置が移動したりなどフロアの状況が一変していく。
クロは電子巻物を脳波コントロールで操作している為、高速操作が可能なのだ。
「つい数時間前、奇々怪海へと無謀にも突撃してきたプレイヤーが一人いた」
監視カメラの映像に残されていたセオリーの痕跡がリストアップされ、表示される。
「彼の名はセオリー。関東地方にあるヤクザクラン甲刃連合の上位幹部だ」
三匹の目の前に電子巻物が表示される。そこに映っていたのは奇々怪海の最上階で会敵したセオリーのカメラ映像の切り抜きである。
「そして、彼に付き従う式神と配下と思われる連中だ」
式神としてピックとライギュウの画像が、配下としてエイプリルとアリスの画像がセオリーの画像から関連するようにツリー表示された。
「私が気付けたのは彼女、アリスのおかげだ。逆嶋バイオウェアの頭領である」
「逆嶋バイオウェアのアリスって、カルマ様が連れていた女じゃないー? どうしてこの男が配下にしてんのよー」
「その通り。それが違和感だったのだよ」
ウサギの憤慨交じりの疑問をクロは肯定する。アリスがバイオミュータント忍者として完成してから、カルマは常にアリスを同行させていた。
その時点におけるカルマの最高傑作と言ってよいアリスは、彼ら四匹にとって憧憬の対象。できることなら自分がその位置にいたかったけれど、さすがに頭領へ及ぶほどの力は持ち合わせていない。
ゆえに彼らはカルマを会長としてトップに据えるアニュラスグループを大きくすることに邁進した。ひたすらにコーポを大きくし、カルマの資金源を潤沢にしたのだ。
だからこそ、カルマが討たれたという情報が入って来た時、彼らは呆然自失した。
下手人と目されるのは頭領イリス。
しかし、遠い関東地方での出来事である。情報はそれほど多くは入ってこなかった。唯一、カルマの娘であるリンネだけは関東地方に居たが、彼女も隠れ潜む身だったので大っぴらに情報収集はできない。
つまり、彼らは父の仇の情報すら断片的にしか知り得なかったのだ。
「アリスを配下とするプレイヤーが、カルマ様が討たれた状況に居ないはずがない……!」
力のこもった口調でクロは熱弁した。それを聞く三匹も徐々に身体へ熱がこもってくるのを感じていた。標的が確かめられず、それに対してどうすることもできない無力感から萎れていた心のリビドーへ再び火が灯されるのを感じたのだ。
「ふーん、それがクロの知り得た情報ってヤツね」
突如、一筋の冷気が差す。熱気の渦巻き始めたフロアへ介入する声。
「リンネ嬢、お早い到着でしたな」
「文字通りの光速タクシーを手に入れちゃったの」
「ほう、それは羨ましい」
クロがチラリと壁へ目を向ける。窓ガラスに大きな穴が空いていた。
窓際に立っているのはまぎれもなくカルマの一人娘リンネである。そして、彼女の両脇には男性が二人控えていた。
クロが知っているのは執事のような格好で付き従うリンネ専用バイオミュータント忍者であるカストルだけだ。もう一人の男はシャドウハウンドの隊服を着ているようだが、クロはその人物を知らなかった。
どちらが壁に大穴を空けたのやら……。
「ですが、次からは正面玄関から来て頂けると助かります」
「いいでしょ、どうせ流体ガラスですぐ修復されるんだから」
リンネの言う通り、壁の大穴は液状のガラスが入り込んで即座に修復していった。だが直るとはいえ、修復にもお金は掛かっている……、そんな愚痴をクロは飲み込んだ。
カルマ不在の現状、リンネはカルマの一人娘として会長代理の席に居る。実質的なトップなのだ。
リンネはツカツカと円卓へ近寄ると最後の開いていた一席へ腰を下ろした。
「アリスを従えるプレイヤー、セオリーね」
リンネは電子巻物に表示された情報項目を一瞥すると、後ろに控える男へと手渡した。シャドウハウンドの隊服を着た大柄な男の方だ。
「ほら、ルドー。見覚えある?」
「むぐっ……! ぐぐぅ……!」
「あぁ、そうだった。発言を許可する」
「……っかは! はぁはぁ、コイツはセオリーに間違いない。俺の憎き相手だ」
「はい、オッケー。じゃあ、もう用済みだから、お口チャックね」
「ま、待て! ……むぐっ! むがががっ!!」
口を開くなと言われたルドーはそれでも何事か叫ぶようにもがいていた。しかし、すぐさまカストルの手により物理的に黙らされた。
「その男は?」
「ルドー、関東地方のシャドウハウンドで隊長をしていた男よ。今は私のタクシーになっちゃったけどね」
ふふん、と楽し気に笑うリンネは電子巻物へ新たな情報を加えていく。それは過去のシャドウハウンドの報告書だった。
「これはカルマ様が討たれた日の報告書!?」
「タクシー以外の使い道があって良かったわね。ルドーのアクセス権限を不正使用してシャドウハウンドから抜き取った情報よ」
カルマが討たれた日の詳細な報告書。それは彼らにとって垂涎の情報だった。そして、やはりイリスだけでなく、セオリーもパーティーに含まれていた。もっと言えばそのパーティーのリーダーはセオリーだった。
はからずも仇敵の存在を確かめることができた4匹は凄惨な笑みを浮かべた。これでカルマ様の仇を討てる。心に灯った火は激しく燃え盛り始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます