第257話 空中ワイヤーアトラクション・ソロ

▼セオリー


 大学の夏合宿を経て、思えば久しぶりのログインだった。

 せいぜい一週間程度「‐NINJA‐になろうVR」を起動していなかっただけなのに、何故だかとても懐かしく感じる。


 軽く身体を動かしてウォームアップ。よし、動作確認は問題なしだな。

 感覚ダイブ型VRゲームでは時間を置いてからプレイすると、ゲームの超人的身体能力と現実の身体能力との間に生まれるギャップで違和感を生じさせることがある。それは致命的な隙を作り出す要因となるので、熟練のVRゲーマーであるほど最初に勘を取り戻すためのルーチンを決めている。



 目の前に聳えるは桃源コーポ都市の高層ビル群。相手にとって不足なし。

 というわけで壁走りからのスタート。タッタッタと小気味良い音を鳴らしてビルを登っていく。時に二足歩行で、時に四足歩行で気の『集中』を足や手に順々で巡らせていく。


 お次は曲芸だと言わんばかりに壁キックで宙に舞い、ビルとビルの狭間を行き来してさらに上へ。

 続けて全身に気を『集中』させ、身体をバネとする。バク宙からの三回転捻りで向かいのビルの側面へ着地。スムーズな気の流れで『集中』を全身から足へ、再び壁走りに移行する。うーん、グッド。採点するなら10点満点。


 次の目標は少々遠いか。左手の長手甲を起動し、ジャンプでは届かない距離にあるビルへワイヤーフックを射出した。


「久々の空中ワイヤーアトラクションだっ!」


 気分はターザン。もしもテンションが高ければ「アーアァー」と調子のよい声を大都会の上空に響かせていたことだろう。それはさておき気分は良い。風を切って上空を移動するのは現実ではなかなか味わえないゲームならではの醍醐味といえる。


 そんな上機嫌で浮かれた俺の下へ黒い影が二つ接近してくる。

 気配を察知し視線を向ける。果たして黒い影は左右に小型プロペラを搭載したドローンであった。


「なんか見覚えのあるドローンだな」


 どこで見たんだろう。脳の奥底から記憶を掘り返す。たしか前回もここ桃源コーポ都市で見た気がする。なんだっけ?

 結局、分からずじまいでターザンロープ遊泳する俺と追随するドローン。なんだい、君らも一緒に空中遊泳したくなっちゃったかな。そんな軽口が脳内で思い浮かんで言葉として発しようとした時、ドローンの方から先に言葉が発せられた。


『警告。桃源コーポ都市内における不審行動を検知。ただちに投降してください』


 おや、警告を受けてしまった。どうやら桃源コーポ都市内で空を飛ぶことは何かしらの条約に引っ掛かるのかもしれない。

 おいおい、だがちょっと待って欲しい。俺を誰だか知ってて言ってるのか?


「俺は企業連合会の会長だぞ!?」


『意味不明な言動および投降の拒否を確認』


「意味不明は酷くない?」


『強制執行モードへ移行します』


 ドローンの腹部から、うにょーんとアームが飛び出してくる。そのアームユニットにはいつぞや見たショットガンが握られており……。

 あっ、思い出した。このドローン、初めて桃源コーポ都市に訪れた時、カルマ値がマイナスだから保障区域に入れないと言ってショットガンぶっ放してきたドローンだ!


「『雷霆術・雷鳴』……あっぶな!」


 脳内に溢れ出す以前の記憶。唐突の弾丸の雨あられは今でもトラウマものだ。

 咄嗟に雷霆咬牙を振り抜くと瞬間移動の忍術『雷鳴』を使用していた。先ほどまで自分のいた場所を弾丸が通り過ぎていく。回避困難な空中でぶっ放してくるとは容赦ない。


『標的の回避を確認。面制圧範囲を拡大』


 なんとか初撃は回避したけれど、神性の無いドローン相手だと『雷鳴』の瞬間移動距離はせいぜい数メートル程度。再びすぐに補足されてしまった。

 ドローンの腹部からロボットアームがさらに増える。おい、それ絶対に元のドローンの腹部に格納されてて良い体積じゃねーだろ! ドローンの腹部は四次元ポケットかよ!

 心中でツッコミを入れつつも非情な現実を受け入れ、相手の攻撃方法を見据える。いずれもショットガン。攻撃方法に変わりなし。あとは手数が増えて弾丸も増えたってか。


 空中遊泳を終え、ビルの壁面へ張り付く。

 それから四足歩行で壁をよじ登っていく。もはや恥も外聞もない。もっとも速い方法で屋上を目指すのだ。


 下方からはショットガンが火を吹く銃声、砕け散る窓ガラスの音が奏でるハーモニー。まるで鉄火場BGMだ、これ。


「おかしい、俺はただ久々のログインで準備運動がてら身体を動かしていただけなのに」


 もう少しで屋上に着くというのに、気付けば八機に増えたドローンが周囲を飛び回る。さすがに素の運動能力だけでこの数相手にして銃弾の雨を躱し切ることは不可能だ。南無三。俺の冒険もここまでか……。


「ハァ……、貴方は普通に来訪することはできないのですか?」


 俺が辞世の句を詠もうとしていると、屋上の縁に人物が現れ、ため息交じりに嫌味を言ってきた。同時に手に持った球体を俺の方へと放り投げる。

 いや待って、それ爆弾とかじゃないよね? そんな不安が胸中によぎったけれど、どうやら要らぬ心配だったようだ。

 球体は俺の近くで浮遊すると電磁波らしきものを周囲に放出した。すると今にも俺へと銃弾を発射しようとしていたドローンたちが制御を失い、地上へと落下していくのだった。


「サンキュー、カザキ。さすがにあの数のドローンは困ったわ」


「次からは正規のエントランスを通るんですね。また同じことを繰り返したら助けませんよ」


 俺はビルの側面を登り切り、ようやく無事に甲刃重工・・・・の本社ビル屋上へ到着した。


 今回ログインしたのは他でもない。カザキから直々にメッセージが届いていたからだ。内容は「甲刃重工の屋上で集合」という簡素なものだ。

 それを見て、俺は即座に準備運動と集合場所への移動を兼ねることに決めたのだった。結果は言わずもがな。まあ、空中遊泳に警告喰らうとは思ってなかったので、次回はもう少し方法を考えよう。いやあ、まさか企業連合会会長という切り札すら通じないとは。ドローン君は融通が利かないなぁ。


 そんな一人反省会もそこそこにして、屋上に集まった面々を見回す。どうやら俺が最後の到着らしい。

 ホタル、ルペル、エイプリルといった不知見組メンバーの他、由崎組の組長マキシ、血染組の組長アカバネとった甲刃連合の幹部に名を連ねる忍者たちが集結していた。


「さて、皆さんお揃いのようですね」


 カザキが全体へ声を発する。甲刃重工という場所の提供をしているカザキが今回のホストということだろうか。そう思っていると大きなモニターが用意され、電源が点いた。


『よぉ、揃ったか。今回お前らを集めたのは他でもない。指令を下すためだ』


 モニター画面に現れたのは我らが甲刃連合の序列一位、冴島組の組長キョウマだった。

 映像だというのにキョウマの姿が現れた途端、マキシやカザキといったNPCの身体が強張り、背筋がシャンと伸びたのは面白い。

 こういう細かな描写が丁寧なのが「‐NINJA‐になろうVR」の良いところだろう。まあ、逆に言えばロールプレイが杜撰なプレイヤーが悪目立ちするデメリットも抱えているわけだが……。


『すでに知っているだろうが、日本各地で出現したワールドモンスターどもが暴れ回った結果、関西地方を中心に西日本は壊滅的な被害を受けた。中でも甲刃連合に匹敵する兵力を誇り、西日本の裏側を実質支配していた任侠党は壊滅、組員は散り散りってな状況だ』


 おっと、キョウマが重要そうな話をしている。

 おそらく指令の前提条件である知識を教えてくれているのだろう。なるほど、関東の甲刃連合と同じく関西にも任侠党というヤクザクランを束ねる存在があったらしい。

 そんな一大組織が壊滅という判定を下されたのか。やはり主要フィールドの大半が焦土と化した関西地方には大きなデメリットが課されたようだ。

 ルートによっては関東地方も甲刃連合やコーポクランが壊滅する場合もあったのかもしれない。結果的には慎重に戦って正解だったというわけだ。


『任侠党の影響力が弱まった今、することは一つだ。甲刃連合はシマを拡大する。序列二位・不知見組、序列四位・由崎組、序列五位・血染組。お前らは西日本の三地方へ侵出し、そこを甲刃連合の傘下としろ。これが今回の指令だ』


「マジかよ」


 つい漏れ出た俺の言葉にギロリと睨みを利かせるのはマキシだ。マキシはキョウマの言葉なら何でも「言われた通り実行いたします」と答える忠犬である。ならば彼の返答はもちろん肯定だろう。


「承知いたしました。由崎組はただちに出立いたします」


「うーわ、マジかよ」


「どうした、序列二位、不安が顔に出ているぞ。まさか何もせずとも今の座にあぐらをかいていられると思ったか?」


「いやいや、だって西日本三地方って関西・九州・中四国の三地方だろう。それを俺たちだけで支配下に置くなんて現実的に無理じゃないか」


「無理だと? やる前から無理と決めつけるのか。いつから貴様はキョウマ組長よりも偉くなったんだ」


 ダメだ。忠犬マキシはキョウマの命令イズ絶対の思考に染まっている。となるともう一人の無茶振りされている相手、血染組のアカバネへ視線を送る。

 そういえば本来序列四位に入っていたのは八重組だったが、組長が亡くなって組自体が解体させられたらしい。そのため、下位幹部から繰り上がりで血染組が序列五位に入ったのだそうな。


「そう、ですね。西日本の状況を実際に目にしなければ断言できませんが、私もセオリーさんに近い意見です。……むしろ、キョウマさんは我々三つの組だけで本当に西日本を掌握できるとお思いで?」


「貴様までキョウマ組長を愚弄するかぁ!」


 良かった、アカバネも俺と同意見らしい。そして、案の定噛みつく忠犬マキシ。


『まあ待て、マキシ』


 にやりと鮫のような笑みを浮かべたキョウマはマキシを制止した。


「三つの組だけで西日本を支配下に置けるのか、と問うたな。俺の答えが知りたいか」


「えぇ」


「そんなものは知らん」


「はぁ……?」


 キョウマの答えにアカバネだけでなくその場にいたプレイヤーもNPCも全員が固まった。時間が止まったようだった。


「俺が『できる』と断言すればお前らはできると思うのか? 違うだろう。今ここでそんな断言をできる奴は一人も居ねぇ。違うか?」


「それはそうですが」


「だから、マキシの対応が正解だ。できるできない、じゃない。やるんだ、お前らが」


 横暴である。獰猛な笑みを浮かべ、日本酒をあおるキョウマは俺たちを酒の肴のように眺めた。しかし、こうまで潔く言われたのなら、もはや問答は意味を成さない。


「はぁ、そりゃそうだよな。絶対にクリアできるからクエストを受ける訳じゃない。やってみるまではクリアできるかは分からない。だからこそ面白いんだもんな。いいぜ、その話乗った」


 俺が乗り気になったところでアカバネも観念したようだ。「仕方ありませんね」といってクエストを了承した。

 かくして甲刃連合による西日本侵出が開始されたのだった。








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主人公特攻を備えるドローン君。

前回の活躍は第五十三話で確認できるぞ!

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