第254話 黒羽山脈、山頂での戦い
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パーティーを組み、事前の作戦会議を済ませた四人は神社から出た。最初にこの場所を見つけた時と同じく鳥居だけがある不自然な広場だ。
「さあ、山頂へ向かうよ。こっから先、出てくるカラスは全部敵だから気を付けてね」
トモエが先陣を切り、山道を進んでいく。修験道の一つである山道は整備された階段なんてなく、ただ切り開かれただけの通路といった表現が正しい。
道中ではトモエが注意を促した通り、カラスが襲い掛かってくる。しかし、そのほとんどは先導するトモエの手により斬り伏せられたのだった。
トモエに守られながらの登頂はまるで遠足のようだとモモは思った。
先導するトモエは黒羽山脈を知り尽くしているかの如く、道中に出てきたいくつもの分かれ道を迷いなく進んでいく。
おそらく、モモとミツビの二人だけであれば、二倍以上の時間が掛かっていたことだろう。
そんなことをモモが思っていると、ほどなくして山頂が見えてきた。
「私たち何もしないまま山頂まで着いちゃったね」
「ウチらの出番はこれからやから」
「そうだよ、二人にはこっから頑張ってもらうからね!」
迷いなく歩を進めていたトモエが、急激にペースを落とす。慎重に周囲を窺いながら一歩ずつ確かめるように進んでいく。
「ここまでかな。二人とも『遠見の術』で先を見て」
トモエは二人に指示を出し、山頂に生える一本の大きな木を指差した。
きっとこの山の御神木か何かだったのだろうか。太い幹は一周10メートルを超える巨木だ。樹高も50メートル近くあるのか。遠目に見ても見上げるほどに高く、全方位に伸びる枝葉は空を覆い隠し、地表に影を落とす。
そんな巨木の中腹、伸びる太枝に止まるカラスが一羽。
木の幹と大差ないでっぷりとした身体は羽毛でかさ増しされているとはいえ一般的なカラスとは一線を画す巨体であった。
普通のカラスと違う点はまだある。巨体の下から生える足は三本あり、身体全体から仄かに青白く光を発していた。伝説に聞くヤタガラスの特徴と一致する。
しかし、その神聖さは別の特徴により払拭されていた。
「うげー、何か目玉がたくさんついてるんだけど」
「あれま、ぎょーさん目玉がついとりますなぁ」
モモとミツビが同時に感想を呟く。
そのカラスには目玉があった。しかし、それは通常のカラスが持つ二つの瞳だけではなく頭部、首元、後頭部など頭部周辺にたくさんの目玉が生えていた。
「あの目玉は『守護霊鳥ヤタガラス』には無かった特徴らしいよ。だから、もしかしたら偽神マザークロウズの本体はあの目玉なのかもね」
「この山の守り神が偽神に乗っ取られた姿ってわけやね」
「アレと戦うの? 私、生理的に無ぅ理ぃかーもー!」
モモはイヤイヤと首を振るが、ミツビが肩に手をポンと置き「諦めが肝心やで、モモはん」と諭す。それでも後ろに下がろうとするモモを、すかさずトモエが掴んだ。
「じゃあ、作戦通りに頑張ろう! いくよ、そぉーれ!」
ぴしりと凍り付いた顔を見せるモモをスルーしてトモエは腕を強く振るった。首根っこを掴まれたモモはされるがまま山頂へと放り投げられる。それに続いてミツビも巨木の下へ駆けていった。
投げ飛ばされたモモが地面に着地する。ほぼ真上には偽神マザークロウズの姿があった。同時にマザークロウズもモモが近寄ってきたことに反応する。
「ガアァッ! ガアァッ!」
喜びか怒りか判断の付かない鳴き声を発しつつ、マザークロウズは両翼を羽ばたかせる。すると、巨木から伸びる枝葉から大量のカラスたちが姿を現した。
「ぎゃあっ! あのカラス、みんな目玉がたくさんあるよぉ! 気持ち悪いよぉ!」
「泣き言は後でいくらでも聞いたる。今は早よ、立ちぃ」
モモの服を掴んだミツビが駆け出す。直後、二人が居た場所には大量のカラスが突っ込んできていた。自身の身の危険も顧みず地面に直撃する。
その自爆覚悟の特攻を見たモモは悲しみを覚えた。眷族にされた生き物は、生物としての尊厳を踏みにじられ、道具同然に使い潰される。
モモの中で気持ち悪いという生理的嫌悪から許せないという強い想いへと天秤が傾いた。
「ミツビちゃん、やろう!」
「わぉ、珍しくモモはんが燃えとる」
「珍しくは余計だよ!」
ミツビがモモの服を離すと、モモは自身の足で大地を踏みしめた。それから照準をマザークロウズへ合わせる。
「フォローお願い。『
術を唱え、猫耳を生やしたモモは一息に駆け出した。
モモとミツビが離れたのを見たマザークロウズは鳴き声を発する。それを聞いたカラスの大群は二手に分かれてミツビとモモを襲った。眷族たちは機械のようにマザークロウズの指揮で行動しているようだった。
そこへトモエが飛び込む。
「さあ、まずは雑魚を減らしていこうか」
長槍を回転させるように振るい、まずミツビの下へ殺到する大群を瞬く間に平らげていく。まるで順番待ちをするようにカラスの行列が槍に薙ぎ払われ、刺し貫かれていく。
トモエの手によりカラスの襲撃を逃れると、今度はミツビの身体が自由になる。
「遠くの方がたくさん巻き込めて丁度ええな、『稲荷術・
ミツビが指で窓を作り、モモへ向けて殺到するカラスたちを視界に入れる。突如として、カラスの大群は炎に包まれ、飛翔能力を失い墜落していく。
「ナイス足止め! 『
ミツビへ向かってきていたカラスの大群を打ち落とした直後、トモエは蒼天喝破を逆手に持ち替え、投擲モーションに入った。
術を唱えると槍の周りにある空間がまるで捻じ曲がり、歪んでしまったかのような揺らぎを生じさせた。そして、捻じれた空間の揺らぎは元に戻ろうとする。その戻ろうとする力はバネのように投擲された蒼天喝破へと上乗せされた。
バシュンッと空気の震える音が鳴り響いた。
とても投擲された槍の出す音とは思えない。不可思議な高い飛翔音。
そして、そんな音よりも早く、すでに槍はカラスの群れへ到達していた。
爆散という表現が一番近いだろうか。槍の到達点を中心に円形で抉られた地面。カラスの大群は跡形もなく抹消されていた。
マザークロウズの目玉がぎょろぎょろと忙しなく周囲を観察する。
最初は8割の配分で接近してきているモモへ目玉が向けられていた。
しかし、次に槍でカラスを次々と打ち落とすトモエと、術を使ってカラスを焼き落したミツビへも意識を割かざるを得なくなった。
そして、トモエが術を唱え、槍を投擲した瞬間、トモエという存在の脅威度が最も高くなった。8割の目玉がトモエを注目し、残りの一割ずつでミツビとモモを見る。
モモは自身の脅威度が下がり、マザークロウズの注意が少なくなった瞬間を見計らい、招き猫のポーズを取った。
この瞬間、マザークロウズの目玉は完全にモモの姿を見失ったのだった。
「マザークロウズは危険な相手に自分から近寄ったりしない。必ず眷族をけしかけてくる」
トモエが戦闘前に話していた言葉だ。
その言葉通り、マザークロウズは甲高い鳴き声を発すると再び眷族を呼び出した。この黒羽山脈に住んでいた生き物たちを眷族に変えているとして、一体どれだけの数になるのか。数えたところでキリがないことは一目瞭然だった。
空を覆う巨木の枝葉から雨のようにカラスの大群が降り注ぐ。それらの大半はトモエ目掛けて命を散らす特攻を敢行する。
「そうやって後ろでふんぞり返っていられるのもここまでだよ!」
モモは木々を素早い身のこなしで登り詰めると、高く跳躍してマザークロウズの背後へ忍び寄った。後頭部の目玉がようやくモモの接近に気付くも、時すでに遅し。
強烈な飛び蹴りがマザークロウズの身体へ叩き込まれたのだった。
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