第203話 不死夜叉丸攻略戦5×一気呵成の大捕り物

▼ハイト


「ライギュウ、合わせろ!」

「命令すんなぁ!」


 タイドの特殊警棒による一撃とライギュウの拳が同時に不死夜叉丸を捉える。不死夜叉丸は刀を振るいタイドの特殊警棒を払いつつ、ライギュウの拳を蹴って宙返りをした。


「『花蝶術・胡蝶乱舞』」


 空中で逃げ場のない不死夜叉丸へ向け、蝶が纏わり付いた。めくらましになるのを嫌ったのか、不死夜叉丸は空中で身体の向きを変えて刀で斬り払う。すると直後に爆風が巻き起こった。蝶に持たせていた忍具「爆炎符」が起動したのだ。大量の蝶の中に紛れた爆炎符は見つけにくい。おかげでまんまと至近距離で爆発させることに成功した。


 煙を尾のようにたなびかせ、不死夜叉丸が地上へ落下する。当然のように落下地点にはタイドとライギュウが待ち構えていた。続く一撃は両方ともクリーンヒット。不死夜叉丸の体力ゲージを大きく削り取る。


 問題なしだ。このままならいける。倒せるぞ。

 ちらりとセオリーの方へ視線を向ける。僧兵相手に大立ち回りしている最中だ。薙刀の間合いを乗り越え、超至近距離まで詰めている。正直な話、セオリーが僧兵を一人で引き付けるというのは無理があると思っていた。だから、いつでも『胡蝶乱舞』でフォローできるように少なからず意識だけは僧兵とセオリーの方へ向け続けていた。


「まだまだアイツのことを過小評価してたみたいだな……」


「セオリーのことかい?」


 いつの間にか傍へ来ていたコタローが俺の独り言に反応する。


「盗み聞きかよ」


「故意じゃないから盗み聞きではないね」


「へいへい、そうですかっと」


 ため息を吐きつつ、蝶の群れを不死夜叉丸へ飛ばす。一瞬だけ不死夜叉丸がフリーになりかけていた。タイドとライギュウの絶え間ない攻撃に穴が開きつつあったからだ。

 しかし、それも仕方ない。今回の作戦においてタイドとライギュウは一番しんどい役割だ。不死夜叉丸に反撃の手を取らせないために絶えず攻撃し続けなければならない。そろそろ集中力が途切れてもおかしくない時間だ。


「セオリーにならってボクたちも頑張らないといけないね」


「あぁ、アイツは一人で大丈夫そうだしな。こっちも本腰入れるか」


「意外とハイトって過保護だよね」


「面倒見がいいって言え」


「ははっ、そうだね」


 コタローは笑いながら俺の側から離れていった。そして、距離を詰めると不死夜叉丸へ向かって爆弾を投擲する。ちょうどタイドとライギュウの攻撃が途切れ、空白の時間となりそうだった箇所が爆弾の爆発で埋められる。

 俺の方もセオリーと僧兵から完全に意識を外した。ここから先は不死夜叉丸へ全意識を傾ける。撃破までもう一息だ。ラストスパートをかけるぞ。




 前半と役割は変わらない。だからこそ盤石の布陣で戦い続けることができた。本来であれば僧兵が出てきた所から歯車が狂い、パーティーの布陣が瓦解することを想定されていたのだろう。しかし、セオリーが一人で僧兵を引き付けてくれているおかげで危なげなく不死夜叉丸の体力を削ることができた。


「これで最後だ!」

「食らいやがれぇ!」


 残り数ミリも無かった体力ゲージをタイドとライギュウの一撃が削り切る。吹き飛ぶ不死夜叉丸をさらに追撃する余力はなく、タイドは握力の無くなった手から特殊警棒を滑り落とし、ライギュウは肩で荒く息をした。

 倒れ伏した不死夜叉丸を油断なく警戒する。しかし、これ以上動く気配はなかった。セオリーの方へ視線を向ける。僧兵は機能停止して立ち尽くしていた。どうやら不死夜叉丸と連動しているようだ。ならあっちに加勢する必要もないな。と思っている間にセオリーのヤツ、ぶっ倒れやがった。はっは、精根尽き果てたか。

 しかし、終わってみればパーティーメンバーに脱落者無しだ。綿密に作戦を立てた甲斐があった。無事にダンジョンボス攻略を成し遂げたのである。





「バフッ!」


 そんな祝勝ムード漂う空気の中、犬の吠え声が耳に届く。アルフィの忍犬ヘルマン君が警戒を促す時に発する声だ。慌てて身体を起こし、周囲へ警戒の目を向ける。ヘルマン君を抱いていたアルフィが一早く異変の場所に気付いて指を差した。


「あっちです」


「……人影だと、誰だ?」


 アルフィの指差す先は不死夜叉丸が吹き飛ばされた方向だった。気付けばフィールドは大橋からダンジョン内の広間へと戻っている。

 広間の奥、扉の先から一人の人物がゆっくりと歩み寄ってきていた。人影は全身にゆったりとした白い着物をまとっており、顔すらも白い布で隠していた。そんな白装束の人物は不死夜叉丸の下まで行くとしゃがみ込み、頬に手を寄せる。


『不死夜叉丸、頑張りましたね。ですが、おかげで貴方を倒せるほどの者たちが見つかりました』


 白装束は倒れ伏す不死夜叉丸に声をかけ終えると再び立ち上がった。そして、俺たちの方へと顔を向けた。


『汝ら古の盟約に従い遣わされた忍者に相違ないか?』


 古の盟約? なんのことだ。激戦の末、疲労困憊な脳ミソにいきなり難解な質問をぶつけられても頭が働かない。勘弁してくれ。

 まあ、とはいえ理解できた部分もある。「忍者」という部分だ。そこに関しては正しい。だからとりあえず答えは「はい」だ。


「あぁ、その通りだ」


 アルフィが俺を見て「え、勝手に答えちゃっていいんですか?」というような目を向けてくる。いやいや、そんな心配そうな顔すんなって。そもそもこういうロールプレイングゲーム的な展開になったらとりあえず「はい」と答えておけばいい。そうすりゃ良い感じに話が進む。これまで遊んできたゲームで培ってきた知恵だ。


『よろしい、それでは奥に進むがよい。知恵の実を授けよう』


 そう言って全身白装束の人影は霧散した。そういえば顔すら白布で隠す辺り、ゲームマスコットの影子に似ているな。そんなことを思いながら開かれた扉へと進んだ。みんな満身創痍だから這う這うの体である。それでも報酬や世界のくびきとのご対面に期待を寄せ歩を進めた。

 扉をくぐると一室の和室に通じていた。壁一面に紐で綴じられた書物が納められた本棚があり、いくつかの書物が光っている。光る書物の内一つに触れると電子巻物の形で情報が開示された。


「『武士と忍者』、『光吏ひかりと影子』、『宇宙そらより飛来せし物ノ怪もののけ』……なるほどなぁ、このゲームの世界設定が資料として読める部屋か」


 いくつか手に取って中身を軽く確認する。いずれも世界の背景設定を補強する資料集のようだった。


「ニド・ビブリオの奴らに教えたら喜んで入り浸るだろうな」


 タイドの漏らした感想に一同が頷く。しかし、これほど大変だったダンジョンボスを攻略した結果、得られたものがこれだけなのか? たしかに今まで伝聞でしか知り得なかった情報や新たな発見が色々とあったものの、肝心の世界のくびきがどこにあるのかまるで分からない。


「結局、世界の軛はどこにあるんだ? それを壊すのが目的だったのによ」


 和室の中をくまなく探した結果、追加で見つかったのは不死夜叉丸の討伐報酬だけだった。いわゆるユニークモンスターを倒した時に得られる素材や経験値と同様のものである。

 逆に言えば、世界の軛に関しては情報しか得られなかった。蔵書の中に『世界を分かつくびき』という一冊があった。その中に宇宙そらから飛来した物ノ怪もののけが暴れ、人々を守るためにくびきを作ったという話が出てきたのだ。


「結局、軛は壊した方が良いんだか、壊さない方が良いんだか分からないよな」


「一度、情報を洗い直した方が良いだろうな。断片的な情報だけでは分からないこともある。持ち帰って情報を整理して判断しよう」


 タイドの意見に全員が賛同する。蔵書の情報はかなり膨大だ。一冊一冊にきちんとボリュームがある。今この場では掻い摘んで読むくらいしかできない。

 ありがたいことに蔵書は電子巻物としてコピーを持ち出すことができるようになっている。じっくりと読み込めば答えが見つかるかもしれない。




 和室を出て再び広間に戻る。倒れ伏した不死夜叉丸の側にはさきほどの白装束がしゃがみ込んでいた。俺たちが和室から出てきたことに気付くと振り返り声をかけてきた。


『全ての知識を持ちだせましたか?』


「あぁ、ありがたく頂いてくぜ」


『それは良かった。忘れ物は無きように。次の来訪時、不死夜叉丸はより強くなってお迎えいたします』


 白装束が答える脇で不死夜叉丸は音もなく立ち上がった。俺たちはびくりと驚きつつ戦闘態勢に入る。しかし、不死夜叉丸はそれ以上動かなかった。白装束は顔を隠す白布のベールの内側でくすっと笑う。


『ご安心を。この広間から出て再び侵入するまでは動き出しません。そうプログラムされていますから』


「心臓に悪いから止めてくれ。というか、不死夜叉丸とは何回でも戦えるのか?」


『えぇ、その通りです。かつての武士たちも不死夜叉丸を用いて鍛錬しました。どうか、不死夜叉丸を真に倒せるほど強くおなりください』


 ほぉ、どうやら何度でも戦えるらしい。珍しいタイプのユニークモンスターだ。というか、白装束の言い方はまるで不死夜叉丸が鍛錬用のカカシみたいな言いようだった。この化け物がただの鍛錬用のカカシだったとしたら笑えない冗談だ。


 ひとまず情報は手に入れた。俺たちパーティーは勝利しつつも軛を発見できなかったという複雑な心境を抱えながらシャドウハウンド逆嶋支部へ戻ったのだった。

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