第282話 仮死にて蟹の活け造り
▼セオリー
ニド・ビブリオでのドタバタを終え、俺たちは山怪浮雲の港へ来ていた。くだんの偽神討伐クエストを頑張っているクランとの待ち合わせ場所がここなのだ。
船着き場に着いて早々、ウーウーと警報のような音が辺りに鳴り響いた。なんだ、俺たちの歓迎会でも始まるってのか?
そんな予想はどこからか現れ、臨戦態勢で駆けていく忍者たちの姿を見て、すぐに裏切られた。まあ、最初からそんな期待はしてなかったけども。
停泊する漁船の甲板上を忍者が駆ける。まるで定位置が決まっているように、各忍者たちが船の上で臨戦態勢のまま構えた。その目線の先は海の中。
突如、海中から勢いよく水飛沫が上がった。それと同時に黒い影がいくつも船上に躍り出る。
「出たぞ!」
「やれっ、やれーっ!」
忍者たちの掛け声とともにパンッパンッと乾いた発砲音が周囲に響き渡る。
おっ、拳銃だ。これはつまりヤクザクランの可能性が高い。ということは彼らがそうなのかな。
物見遊山感覚で戦闘を眺める。
漁船を襲うのはデカい蟹の怪物とそれを指揮する魚人らしき青肌のモンスター、対するは拳銃を持ったヤカラっぽい忍者たち。
下忍が多いのか一体の蟹相手に複数人掛かりでやっと対等な勝負ってな感じだ。一方、青肌の魚人と戦っているのは上忍くらいだろうか、かなり強い。魚人を押している。ただし、いかんせん火力が足りてないようだ。手数で圧倒しているが決め手に欠ける。
そんな風に見物をしていると蟹の一体が俺たちに気付いた。
カサカサと横向きのまま突進してくる。考えても見てくれ、体長2メートル近い蟹が高速で突進して来たらどう思うか。正直、めっちゃ怖い。
「エイプリル、アレの足を止めてくれ」
「りょうかーい」
俺の指示を受けたエイプリルの姿が消える。蟹の影へと転移したのだ。そのまま爆弾を蟹の足下へ転がす。今まで見たことない形状の爆弾だ。
「食らえ、トリモチ爆弾!」
爆発が起きると白い粘性の高い物質が飛び出し、蟹の足を絡め捕った。突然、足同士が絡み合い、強制もつれ状態に移行した蟹は前のめりに倒れた。そのまま身体で地面を削りながら俺たちの目の前へ。足が動かなければ体勢を立て直すことも難しい。もはや、まな板の上の鯉ならぬ蟹だ。
「さあ、料理してやろう。料理名は活け造りだ。『不殺術・仮死縫い』」
雷霆咬牙に黒いオーラを纏わせると、身体の中心を刺し貫いた。
仮死状態となった蟹はそのまま倒れ伏し、身動き一つしない。……あれ、これだと活け造りになってないのでは? 仮死だから生きてはいるんだけどなぁ。
こちらを襲ってきた蟹を一蹴して、再び海産物と忍者の戦闘に意識を向ける。
しばらく戦闘は膠着しそうかと思われたが、俺たちが蟹を倒したのを見た魚人は不利を察したようで即座に指笛でサインを出した。ピュウッと高い音が響き渡ると蟹たちが戦いを止めて海中へと逃げ帰っていく。魚人も蟹に飛び乗ると海中へ引き返していった。
どうやらこれで戦闘は終了らしい。まだ始まったばかりだっていうのに呆気ないものだ。
戦闘を終えた忍者たちが船の甲板から降り、漁港の建物へと戻っていく。そんな中、魚人を圧倒していた忍者だけは俺たちの方へと近付いてきた。
「あんたらこの辺の人じゃないね。この化け蟹を一撃で倒したところを見るに忍者だろうが、どこのモンだい?」
「俺たちはニド・ビブリオで偽神の話を聞いて加勢しに来たんだ」
「あぁ、あんたらがそうか。話は聞いてるぞ、関東の不知見組だったか」
「話が早くて助かる。俺はセオリー、そんでこっちはエイプリルとホタル、シュガー」
手早く順々にパーティーメンバーを紹介していく。そして、今度は相手の番だ。
「おう、俺はヤマイヌという。クランは山怪浮雲で名を聞きゃ泣く子も黙る、ぽんぽこ組じゃ!」
「……っ!」
俺は表情筋に叱咤を入れ、ギリギリでポーカーフェイスを保った。クソ、出し抜けに言われるのは破壊力が高いじゃねーか。危うく吹き出すところだった。さすがにクラン名を聞いて吹き出すのは失礼である。
他のみんなは大丈夫かと思い、エイプリルやホタルを見ると二人は普通にしている。嘘だろ、ぽんぽこ組で笑いそうになってないだと!?
信じられない、と驚愕していると後方で腕を必死に
というわけで、偽神討伐で協力するクランの忍者ヤマイヌと無事に会うことができた。山怪浮雲を根城にしているヤクザクランで、名を「ぽんぽこ組」という。
シュガーから話を聞いてニド・ビブリオでクラン名を調べた時には文字だけだったから大丈夫だったんだけど、大の大人の口からぽんぽこ組という言葉で出てくるのは破壊力が凄かった。
「ところで、さっきの蟹と魚人が偽神眷属なのか」
「そうだ、あんたが倒した蟹を調べてみぃ」
言われて仮死状態にした蟹を調べてみる。モンスターは捕縛した場合、無条件で捕縛尋問をしたのと同じ状態になる。つまり、データの書かれた電子巻物をドロップするのだ。
仮死縫いにより捕縛の条件は満たしている。もっと言えばエイプリルのトリモチ爆弾でも捕縛できている気もするけど、それはまあいい。
拾い上げて電子巻物を開くと情報が開示された。
偽神眷属・バケガニ。
偽神オトヒメに仕える下位眷属。偽神眷属ウオビトの指揮で行動する。硬い甲羅を持つため物理攻撃に耐性を持つ。2メートルを超す巨体を生かした突進や
情報の中には三つの名称があった。
バケガニ、オトヒメ、ウオビト……。
「討伐対象はこのオトヒメってヤツか」
「その通り。そして指揮官役の魚人がウオビトだ」
ヤマイヌによると現在、各地の漁港は偽神オトヒメとの陣取り合戦をしているのだという。ちょうど、さっきヤマイヌたち山怪浮雲の忍者が偽神眷属とやり合っていたのがそうらしい。
なんでも偽神眷属は地上に出現してしばらくすると儀式を行い、フィールドを海に変えてしまうのだ。そのため、偽神眷属が出現するとすぐさま忍者が出動して撃退する。そんな攻防を繰り返しているのだった。
「一度、海になった場所を取り返す方法はどうするんだ?」
「元に戻す方法は見つかっていない。おそらくオトヒメを倒すことで解除されるのだろう」
「んな、マジかよ」
ぶっちゃけ防衛側がめっちゃ不利だ。偽神眷属は海洋生物の利を生かしてゲリラ的に海から襲撃してくるらしい。だから基本的に忍者側は後手に回らざるを得ない。
「討伐は難航してるって聞いたけど、実際どうなんだ?」
「ぽんぽこ組は防衛に8割の戦力を裂いている。残りの2割で海中探索をしているわけだが……」
ヤマイヌの苦々しい表情を見て察する。どうやらかなり難航しているようだ。そもそも海の中を探索するという時点で大変そうだもんなぁ。
「他のクランは討伐に乗り出さないのか? 山怪浮雲の中だけでも相当数のクランがあるはずだろ」
「……あぁ、そうなんだがな」
苦虫を噛み潰したような表情をするヤマイヌはぽつりぽつりと山怪浮雲の置かれた状況を話し出した。
「つい数か月前だ。山怪浮雲にレヴィペントっつう化け物が襲来したのは知ってるだろうか」
「それはまあ」
ワールドモンスター「渦巻くレヴィペント」が山怪浮雲を壊滅的状況に追いやったという情報だけは知っている。
「その時に山怪浮雲では多大な犠牲を払ってヤツを撃退した。……しかし、引き換えにあまりにも多くの命が散っていった。優秀な者ほど死んだ。ぽんぽこ組も頭領と上忍頭から何人も死人が出たのさ」
俺は、返す言葉を持ち合わせていなかった。
関東ではNPCの被害はゼロに抑え込めた。だからだろうか、他の地方の被害についてどこか楽観的な見方をしていたように思う。しかし、実際には違うのだ。大量の命と引き換えにワールドモンスターを倒したんだ。
「生き残った者もいたがね、そのままここに残った者は僅かだったよ。」
生き残った者の大半はおそらくプレイヤーだろう。そして、多くのプレイヤーは山怪浮雲を離れてしまった。それは見限ったのかもしれないし、傷心してしまったのかもしれない。
なるほど、偽神討伐に乗り出すだけの余力を持ったクランがあまりにも少ないのだ。
「ウチも残っているのは若手ばかりでね。ある意味、偽神眷属どもは若手育成の練習台になってるよ」
ぽんぽこ組も甚大な被害を受けて上位層のNPCはほとんど居なくなってしまったのだろう。防衛に就いている忍者が下忍レベルばかりなのにも理由があったわけだ。
「よし、分かった。改めて偽神討伐に俺たちも協力する」
よろしく、と挨拶をしてヤマイヌと握手を交わした。
そして、ヤマイヌの手引きでぽんぽこ組の根城へと向かうのだった。
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