第七章 神域の使い手

第248話 始まりの月、ジェイナ


 建物の一室には小さな丸テーブルとイス、それからモニターくらいしか置かれていない。殺風景な部屋だ。しかし、そこで一人の女性がモニターを食い入るように見つめていた。流れる映像は関東サーバーにおけるワールドモンスター戦の録画だ。


「神域忍具の使い手はこの男かな」


 リモコンで映像を一時停止する。録画映像に何度も映る忍者。女性は目を細めると彼の持つ曲刀を見つめた。それから持ち主である男へ視線を移す。そこには紛れもなくセオリーの姿が映っていた。


 明らかな特異点。忍術の規模が他のプレイヤーたちとは一線を画す。間違いなく神域忍具を使っている。

 これで使い手は少なくとも“四人”いることが分かった。理想は七つのサーバーで七人の使い手が生まれることだったが、そう上手くいかないのが世の常だ。それでも過半数のサーバーで神域忍具が発見・発生したことは喜ばしい結果と言えるだろう。


 女性は満足げに手を組むと椅子に深く腰掛けた。

 あとは宿主の情報待ちだ。そう思っていると、タイミング良く部屋の扉が開いた。男性が手にカップを持って入ってきたところだった。


「お疲れ様、ジェイナ」


「待っていたよ。神域忍具の使い手はおおよそ検討がついたけれど、そちらは収穫あった?」


 男性はカップを丸テーブルに置くと、壁際に折り畳まれたパイプ椅子を引っ張り出し、ジェイナと呼んだ女性の横へ並ぶように座った。


「ぼちぼちってとこかな。でも、大変だったよ、ニド・ビブリオとの情報交換」


「誰だって自分の集めた情報をおいそれとは渡してくれないものよ」


「彼らから情報を引き出すには同等の情報を渡すしかなかった。だから神域忍具の情報をくれてやったよ」


「なるほど、今はまだ神域忍具が秘密のベールに包み隠されている。まさに今が売り時だったわけね」


 目聡い者ならワールドモンスターとの戦いで明らかな特異点が多数出現していたことに気付いたことだろう。それを辿っていけば神域忍具に到達するのは時間の問題だ。まもなく神域忍具の情報は衆目の下に晒されるだろう。

 だが、今はまだそうじゃない。神域忍具という情報には価値があった。


「それで成果は?」


「中四国サーバーで先月ジューンが発見されているらしい。それから灯台下暗し。ここ中部サーバーでジュライが見つかっているみたいだ」


「ふーん、やっぱりエイプリルが我が儘娘だったわけか。以降はトントン拍子ね」


「とはいえ、まだ七人目だろ?」


「まあ、なんとかなるでしょ」


 ジェイナの楽観的な返事を聞いて男性は呆れたようにため息を吐いた。それを否定的な意味で捉えたジェイナは口を尖らせる。


「なによー、私だって分からないことだらけなんだから仕方ないでしょ」


「図書館も万能ではないって?」


「本当に知りたい情報は全部秘匿されてるもの。知識権限レベル7じゃ、まだ足りない」


「なら、もっと世界の謎に触れないとだな」


「そうね。頼りにしてるよ、宿主様」


 ジェイナは笑いかけながら拳を突き出した。それに対して宿主と呼ばれた男性は合わせるように拳をぶつけた。





「ところで、今見てたのは関東サーバーの録画だろ。神域忍具は誰の手に?」


 真面目な顔に戻った男性はジェイナへ尋ねる。

 それに対してジェイナはモニターを指差した。ちょうど、白髪で曲刀を携えた忍者が映った場面で一時停止されていた。


「コイツだろうね。最初は最多ダメージを叩き出した中忍頭をマークしてたけど、あれは頭領との阿呆みたいなコンボだった。まったくお騒がせな火力だよ。……話を戻すけど、この男だけは単体でおかしな火力を出してる」


「ほうほう、……誰だ? こっちのデータにあるいずれの頭領とも合致しないぞ」


「さぁて、誰なんだろうね。映像を見る限りステータスがまだ完成し切ってないようだ。粗削りというか、成長途上な感じだね。そのわりに神域忍具と高いプレイヤースキルでごり押ししている。ちぐはぐなプレイヤーだ」


「なるほど、頭領ではないのか。それなのに神域忍具を手にするとは幸運なのか」


「どうだろう。動きを見るにプレイヤースキルも十分持ち合わせている。もしかしたら実力で神域忍具を手にしたのかもしれない」


「だとしたら、なかなかの化け物だな。神域忍具を入手するためのクエストは軒並み推奨ランク:頭領だ。であるならば彼はプレイヤースキルだけで頭領と肩を並べることになってしまう」


 ジェイナは笑う。さすがにそれは無いだろうと思ったからだ。

 頭領と上忍頭以下のランクには明確な差がある。埋めようのない差だ。一つ皮が剥けると言えば良いのか。ただレベルを上げるだけでは頭領にはなれない。偉業を成しえる素養が大事なのだ。


「未来に彼が頭領になる可能性はあるかもしれない。しかし、現時点では頭領に達していないよ。……おそらくは協力者がいるんだろう」


「本人だけで無理なら協力者か。道理だな」


「あぁ、他の兄弟姉妹のことも気になるけど、まずは神域の使い手たちと接触を図るのが先決だ。情報を集めよう」


 ジェイナと男性は話をまとめた。

 全国のサーバーが統合され、今やどこへでも行き来自由になった。この先はさらに広い視点、より真の黒幕へ迫ることになる。二人は気を引き締めると行動に移ったのだった。

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