第215話 仲間×信頼=無限大パワー

▼セオリー


 荒れ狂う海に飲まれ、沈む。沈んでいく、どこまでも……。



 ……ん?



 あれ、沈んでないぞ。勝手に脳内で暗い海中へと沈み込んでいく光景を想像していたが、実際にはそうならなかった。代わりと言っては何だけど、俺の背中ごしに何か柔らかな物体が抱き着いている感触があった。


 心に余裕ができて周囲を見回してみた。暗い海の中のように見えるけれど、海水の冷たさや肺に水が入り込んでくる苦しさもない。その代わりにまるで無重力空間にいるかのように身体の向きを変えたりするのが上手くできない。

 この感覚は覚えがある。影の中だ。影の中へ引き込まれた。それで思い当る人物は一人しかいない。


「エイプリル……?」


「せいかーいっ」


 悪戯っぽい声が背中越しに聞こえてくる。夢でも見ているのではないか。そう思ったけれど、背中の温もりは今が現実なのだと教えてくれる。


「さあ、地上まで抜け出すよ。掴まって!」


 俺はエイプリルの手をしっかりと掴んだ。天高く屹立したイクチが、海面に太く長い影を落としている。それは砂浜までの脱出路となっていた。

 するすると泳いでいき、あっという間に砂浜へ辿り着いた。影の中からエイプリルが這い出し、俺も引っ張り出してもらった。


「助かったよ、エイプリル」


「どういたしまして」


 本当に助かった。持つべきものは腹心だ。

 それにしてもどうやって俺の精神世界(暫定)まで入って来れたんだ?


「主様、よくぞご無事で」

「セオリー様、大丈夫ですか?!」


 そんな疑問も束の間、左右からハモるように声が掛けられた。アリスとアーティだ。どうして二人までここに居るんだ?

 驚いて周囲を見回すとアリスとアーティだけではなく、ホタルやルペルといった不知見組の面々、さらにはシュガーまでもが立っていた。

 ただただ募る疑問はそればかりだ。実は夢でも見てるんじゃなかろうか。頬を軽くつねってみる。ダメだ、痛みは感じないんだった。これじゃあ、夢かうつつか分からないな。こうなったら口頭で質問するしかない。


「どうして皆がいるんだ?」


「それは私の方が聞きたいくらいだ。突然、ユニーククエストの通知を受けて参加を押したらここにいたんだからね」

「あっ、僕もそうです。さっきまで組の事務所にいたんですけど……」


 どうやらルペルとホタルは通知が来たらしい。多分、イクチへの挑戦が認められたタイミングかな。


「私は通知とか無かったなー。気付いたらココにいたよ」

「私たち腹心は強制召集だったようです」


 エイプリルやアリスの言葉に対し同意するようにアーティも首を縦に振った。なるほど、腹心は強制的に呼び出しされたと。


「んで、シュガーは?」


「こんなこともあろうかとクラン召集型クエストが発生した時には現実の携帯端末に通知が来るようにしといたんだ」


「クラン召集型クエスト?」


「まあ、今回みたいなパターンだよ。この手のはオモシロいことが多いからな」


「……なるほどな」


 どうやら俺がイクチに認められるための戦いはシュガーにとって面白クエストに分類されるらしい。いい気なもんだな、おい。


「実際、面白い状況じゃないか。アレはイクチか?」


「あぁ、そうだよ。ただし、『神縫い』を喰って龍になっちまったけどな」


「素晴らしい! 進化したユニークモンスターなんて見たことないぞ!」


「そうかい、好評なようで良かったよ。まあ、詳しい話は後にしよう」


 本当なら詳しい状況説明をしてしまいたいところではあるけれど、説明するには時間が足りない。というのも、イクチがこちらへギラリとした双眸そうぼうを向けてきたからだ。

 視線を感じた瞬間、『第六感シックスセンス』がビリビリと反応し始めた。同タイミングで頭上に暗雲が立ち込め始める。


「そんじゃ、まずはとにかく避けろ!」


 声を張り上げ、全員へ退避を命ずる。直後、極太の光の筋が地上へ降り注いだ。当たれば即死も有り得る稲妻だ。皆が散り散りになって回避に専念する。



 それから十発ほどの轟音が鳴り響いただろうか。砂浜に静けさが戻った。


「全員、生きてるか?」


 初手の攻撃でパーティーが半壊でもしようものなら笑えない。とはいえ、そんな柔なメンバーは集まって居ない。砂浜には全員の姿があった。

 イクチは次の攻撃を行うためのクールダウンだろうか、再び空に広がる暗雲を喰らっていた。今が情報共有のチャンスだろう。


「みんなに改めて説明する」


 みんなの視線が集まっているのを感じられた。俺の発する言葉に耳を傾け、共に戦ってくれる仲間がいる。ありがたい。

 さっきまでイクチへ挑んでいた自分自身のなんと思い上がっていたことか。俺一人の微々たる力でイクチに認められるなんて夢のまた夢、無茶な話だった。



 じゃあ、俺の力って何だ。

 俺一人の持つステータスや忍術を指すのか?


 いいや、違うだろう。個人の中に内包される力だけが全てではない。外へ目を向けなくちゃ。一人で気負い過ぎるな。仲間に頼ろう。『支配者フィクサー』だなんて大層な称号を持っているけれど、実際には一人では何もできないから仲間に頼るのだ。これまでに得てきた仲間、それもまた俺の力なのだ。


 この考えが肯定される理由は、ユニーククエストが始まった途端に腹心やクランの仲間へ招集が掛かったことからも明らかだ。

 初めから一人で挑めだなんて言われちゃいない。きっとイクチも持ち得る全てをぶつけて来いと言っているに違いない。


「この戦いはイクチに俺の……いや、俺たちの実力を認めさせるための戦いだ。どうか、力を貸してくれ」


 頭を下げる。お願いをする立場で俺にできることはこれしかない。あとは真摯に助力を乞うだけだ。頭を下げているから感覚でしか分からないけれど、にわかに周囲がざわめき立つのを感じた。そうしてすぐに肩へ手が置かれる。


「顔、上げて」


 ぐいと肩が引っ張られ、強制的に顔を上げさせられた。俺の身体を起こしたのはエイプリルだった。何故か俺の顔を変なものでも見るような目で見ている。


「なんだよ?」


「頭なんて下げないで」


「いや、一応俺の戦いに巻き込んだ形になるわけだしさ」


「だとしても、セオリーは組長なんだからさ、どっしりと構えて『一緒にアイツを倒すぞ!』って号令を掛けてくれれば良いんだよ」


「そんなんで良いのかよ!」


「良いよ!」


 うっ、なんか押し切られそう。エイプリルはそれで良いかもしれないけど、他のメンバーはそうもいかないだろう。そう思い、周囲へ目を移す。

 アリスとアーティは「私たちも同意です」という目をしていた。いや、熱狂的腹心たちは熱狂的腹心だからなぁ。


「えーっと、ボクも組長には頭を下げて欲しくない、です」


 続けてホタルもエイプリルに賛同した。あぁ、たしかに伝聞でしか知らないけど、ホタルの仕えていたライゴウ親分なんかは部下に頭を下げるなんてことしなさそうだもんな。


「私は君が頭を下げようと下げまいとどちらでも構わない。ただ、私たちは同盟者だ。であれば手を貸す以外の択はないさ」


 ルペルは面倒くさい御託を並べていたけれど、結局は手を貸すってことを言いたいらしい。


「なんだよ、皆して。プライドを捨てて頭下げた俺がバカみたいじゃん」


「まだまだ仲間を信頼しきれてなかったんじゃないか?」


 シュガーが笑いながら答えた。信頼か、たしかにシュガーだけは唯一、頭を下げなくても一緒に戦ってくれるだろうなという謎の信頼感があった。逆に言えば、他の仲間に対しては無償で手伝ってもらうのは申し訳ないという気持ちがあった。


「……言われてみると、そうだったかもしれない」


 それから改めてゆっくりと皆の顔を見回した。

 シュガー、ホタル、アリス、ルペル、アーティ、そして、エイプリル。ヤクザクラン不知見組のメンバーと腹心たち。誰も彼もが俺の戦いへ手を貸すことに疑問の一つも抱いちゃいない。むしろ一緒に戦うのが当然くらいに思ってそうだ。

 そうだ、彼らはいつだって俺の期待に応えてくれた。それなのにいざという時に俺の方が信じきれないでどうする。はっと目が覚めたような気がした。


「シュガー、ありがとな」


「腐れ縁を舐めんなよ」


 シュガーは照れ臭そうに鼻を掻きながらそっぽを向いてしまった。照れ隠し下手かよ。

 それから俺はイクチへ目を向けた。そろそろイクチの方も準備完了のようだ。俺は背中越しにパーティー全体へ声をかける。


「悪かった、ちょっと気負い過ぎて空回ってたのかもしれない。こっからは平常運転だ。目標はイクチをぶっ倒して俺たちを認めさせることだ。全員、やるぞ!」


 俺の号令に皆の声が重なる。力強い仲間たちの声が背中を押し、イクチの咆哮にも立ち向かえる勇気が湧いてくる。

 かくして第二ラウンドの幕が切って落とされた。

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