第170話 続・棒の扱いが上手い主人公(意味深)

▼セオリー


 両手で構えた棒には『集中』により、黒いオーラが纏われている。

 棒には刃が付いていないため、『不殺術・仮死縫い』の効果を発揮させるような傷は与えにくい。その代わり、威力を上げる『集中』を使用している。


 フェイは動かない。こちらを興味深そうに観察していた。

 ロッセルとライギュウも俺が動くのを待っている。腹をくくれ、守りはこの二人に任せて、俺はただ全力で目の前にいる男へ攻撃を仕掛けるだけだ。



 棒術というのは縦に構えると一番隙が少なくなる。「龍飛先生の武術教室」で教わった構えだ。

 ここで言う縦というのはいつでも「突き」が繰り出せる構えのことをいう。常に棒の切っ先が敵の足元辺り、少し斜め下を向くように構える。


 長物系の武器は敵との距離を適切に取り、近づけ過ぎないことが肝要だ。

 棒を縦に構えると自然に敵は間合いの内側へ入り込みづらくなる。何故なら、棒術において「突き」はもっとも技の出が早く、攻撃の前触まえぶれを読まれにくく、威力も高い攻撃だからだ。

 すくい上げるような上段への攻撃、中段突き、下段突きという風にすばやく攻撃を派生させることもでき、バランスが良い。


 この構えを「飛竜の型」という。

 龍飛先生が教えてくれた棒術における基本の構えだ。



 構えた状態から足を踏み出す。一歩、二歩、三歩、……フェイの身体が棒の間合いへ入った瞬間、下から棒を回転させた。すくい上げるような軌道を描いて、最終的にはフェイの顎を狙う。

 棒の動きを読んだフェイはトンッと片足で跳び上がり、バックステップで回避する。初弾が避けられるのは想定内だ。フェイがステップを踏み、後退した瞬間、さらに一歩踏み込む。回転させた棒は前と後ろが入れ替わり、持ち手をスムーズに持ち替えることでシームレスに基本の構えに戻る。そして、着地した足へ向けて下段突きを繰り出す。

 すくい上げる上段攻撃から下段突きへの流れるようなコンボは、俺自身が龍飛先生に何度もしてやられた連撃だ。だからこそ避けにくさも折り紙付きである。


「良い連撃だネ」


 しかし、称賛するような言葉を述べるフェイは、事も無げに着地する瞬間の無防備な足とは逆の足を使い、突きを側面から蹴り払った。


「嘘だろ?!」


 突きの力を外側へいなされてしまった俺は即座に棒を引き寄せ、構え直す。

 バックステップの最中で不安定な足元に対する突きを足の甲で蹴り払っていなすとか正直、意味が分からない。


 もちろん、「龍飛先生の武術教室」と比べれば「‐NINJA‐になろうVR」は動体視力や反射神経にアシスト補正が掛かっているから超人的な反応も可能ではある。当の俺も投擲とうてきされた手裏剣をクナイで叩き落すといった現実世界ではできないような芸当ができるようになっている。

 だけど、それにしたって棒術の「突き」を初見であそこまで上手くさばくのは至難の業だ。信じられない。



「……まだまだっ!」


 中段突きを連続して繰り出す。じわじわと歩を進めながら突きを繰り出していくことでフェイの後退できるスペースを削っていく。あと数メートル下がれば壁に背が当たり、それ以上後退できなくなる。

 これ以上の後退は逃げ場を失う。そう判断しただろうフェイは後退という選択肢を除外し、左右の回避へと切り替える。


「棒の間合いでいつまで避けられるかな」


 後退して回避するのは物理的に棒の間合いから離れる行為だ。それに対して、左右への回避は物理的には棒の間合いに入ったままである。

 つまり、距離を縮めるために歩を進める必要が無い分、俺の方も突きを繰り出す回転を速くすることができる。

 すくい上げ、中段突き、下段突きをランダムに繰り出し、フェイに揺さぶりをかけていく。蓋を開けてみればロッセルとライギュウが危惧したフェイからの反撃も全く無い。俺の棒術によるコンビネーション攻撃をただひたすらに回避するのに専念していた。



 ……そろそろ頃合いか。


 俺はフェイとの攻防の中、一つ罠を仕掛けていた。

 中段突きと下段突きに意識を集中させ、上段への攻撃はモーションの大きいすくい上げを多用した。しかし、実は中段突きとほとんど変わらない動作から上段突きへ派生させることができるのだ。

 俺の突きにも目が慣れてきた頃だろう。同じ動作を見れば最小限の動作で回避しようとするはずだ。そこを狙う。


「はっ!」


 下段突きを繰り出した直後、中段突きの動作へ移行する。俺の動きを見たフェイは、すぐさま身体を捻り、回避行動へ移った。

 そこだ。中段突きの動作とまったく同じ動作のまま、攻撃の軌道だけを上段へ向ける。すなわち、顔面への一突きである。


「怖い怖い。本気でりに来てるカ?」


「そりゃ、本気でやるでしょ」


 虚を突いた顔面への一突きは、しかし、それでも届かなかった。今まで回避に徹していたフェイが手を使ったのである。右手の親指と人差し指、そのたった二つの指だけで棒を挟むように掴んで止めていた。

 俺は力を込めて押したり引いたりしてみるがビクともしない。


「全然動かないんだけど……」


「これは筋力の問題ネ。もっと腕の力を鍛えるいヨ」


「俺、筋力の伸びしろあるかなぁー」


 はからずも棒引きのような体勢でお互い睨み合う。筋力ね、どうせ1しかないよ。まさか、棒を指で挟まれただけで動かせなくなるとは思わなかったけどな……。ジャッ〇ー・チェ〇かよ。

 そんな風に筋力自虐をしていた俺の背後から二人が飛び出した。


「隙を見せたな」


「ここだぁ!」


 ロッセルの掌底とライギュウの剛腕が高速でフェイへと迫った。いまだにフェイは俺の棒を握ったままだ。俺も絶えず棒を引いており、引き合いをしている状態のため、今目の前にいるフェイは残像じゃない。実体がある。


「この棒、なかなか良いネ。少し借りるヨ」


 突如、グイと引っ張られる。今までのは何だったんだというほど冗談みたいな力強さで棒を奪い取られる。

 俺は咄嗟にパッと手を離した。あのまま棒を掴んでいれば五行龍爪の鋭い爪が俺の手を突き刺しながら、握り潰していただろう。



 俺が棒を手放した直後、上から殴り掛かるライギュウに対して、すくい上げるように回転した棒が顎へアッパーカット気味に直撃する。一回転して後頭部から地面に落下するライギュウ。

 迎撃されたライギュウを横目に低い位置から飛び込んだロッセルの掌底がフェイに襲い掛かった。しかし、180度回転させた棒を瞬時に持ち替えたフェイは流れるような動作で下段突きに移行する。


「ロッセル、避けろ!」


 掌底がフェイに当たるよりも棒による下段突きの方が着弾は早い。ライギュウと同じように迎撃される未来が見えた。

 しかし、俺の心配をよそにロッセルは目を見開く。


「見えているぞ」


 予備動作が少なく、見切るのが難しい突きをロッセルは初見にして首をわずかに捻るだけで回避した。俺は感嘆の声を漏らす。まるで棒がロッセルの顔の側面に沿って自ら避けているかのようなギリギリの回避だった。

 ギリギリではあったが完全に避けた。俺にはまぎれもなく、そう見えた。


「……なぜ、だ」


 しかし、避けたはずのロッセルは小さく声を漏らすと、そのまま前のめりにゆっくりと倒れていった。

 おかしい、ロッセルは完全に攻撃を見切り、回避したはずだった。それなのに倒れてしまったのである。どうしたってせない。思わず俺はフェイへ視線を向けて尋ねた。


「どうしてロッセルは倒れたんだ」


「彼は棒という武器への理解が浅かったネ」


「武器への理解?」


「その通り。彼は棒を真っ直ぐな武器と思ってしまったヨ」


 何を言っているのか理解が追い付かない。棒は真っ直ぐな武器だ。何も間違っていない。俺が不思議そうな表情を浮かべていると、フェイはため息を吐いた。


「君は型を知っていたカラ、分かっている思ったケド、違ったカ」


「型? ……それってもしかして飛竜の型のことか」


「ウンウン、知ってるナ。それなら、棒はただの真っ直ぐな武器ではないと理解できるネ」


 どういうことだ。

 というか、なんでコイツが飛竜の型のことを知っているんだ。ロッセルが倒れた理由を尋ねたら、さらに別の謎が生まれてしまった。


 頭を悩ませていた俺に対して、フェイは棒を構える。飛竜の型だ。そして、下段突きを放ってきた。俺はバックステップで回避する。続けて、中段突きと思わせて上段突きを繰り出して来たのを視認し、首を横に捻って回避する。棒が顔面に直撃した。


「~~ッ!」


 たしかに避けたはずなのに、気付いたら棒の切っ先が顔面にぶち込まれていた。真っ直ぐなはずの棒が蛇のように曲がったのかと錯覚してしまう。

 そして、そこまでお膳立てされてようやく思い出した。この攻撃、覚えがある。


「これで理解できたカ?」


「……あぁ、クソ。どうして自分で食らうまで分からなかったかな」


 そうだ、今の蛇が這い寄るような意味分かんねー突きを繰り出せる人は一人しかいない。「龍飛先生の武術教室」の師範代である龍飛先生その人だけだ。


「ゲームが違うから頭の中で繋がらなかった。でも、完全に理解したよ」


「カカカッ、それは重畳ちょうじょうネ」


「それで、……本物の龍飛ロンフェイ先生なのか?」


 恐る恐る尋ねてみる。それなりに名の通った武術の大家だから弟子とかだっているだろう。そういった弟子が名を騙っている場合もあるだろう。そもそも、偽物だったとして確かめる術なんて無いんだけどな。


「ゲームの世界で現実の名を聞くのはバッドマナーじゃないカナ?」


「うぐっ、それを言われるとぐうの音も出ません」


「逆に聞くヨ。君はどこでその型を習った?」


 フェイは心底不思議そうに首を傾げて聞いてくる。

 俺は正直に答えることにした。顎への一撃を受けて、くらくらとする頭を振りながら立ち上がるライギュウにも、一度攻撃を止めるよう命令を出す。

 それから俺が武術を学んだ「龍飛先生の武術教室」に関して話した。


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