第275話 強者の上に更なる強者あり

▼アリス


 格上を相手するのはいつ振りでしょうか。

 空気を伝わってビリビリと圧を感じる。それだけ目の前に立つ中年の忍者は計り知れない力を秘めていた。


 心象結界は頭領クラスの奥義である。にもかかわらず、私の『呪転回廊』はササベェの手によって引き裂かれ、破壊された。本来なら有り得ないことだが、鳴神忍軍の隊長格であれば、そんな有り得ないことをやってのけても不思議はない。


 さて、どう戦ったものか。

 思案する私を尻目に同士討ちしていた五人が呪転回廊の縛りから解かれ、ササベェの下へ集結していた。

 いよいよもって形勢は不利。チームとしての厄介さに加えて、個人戦力でも上回られてしまった。


「ササベェ隊長、助かりました。対象は呪いに特化したタイプです。搦め手は多彩、我々五人をいなす技量も確かなものでした」


「ほほぅ、罪人でなければ鳴神忍軍にスカウトしたいくらいだのう」


 出し抜けにササベェが手をこちらへ向けた。拳を開いて、閉じる。脳裏に心象結界が引き裂かれた時のことが浮かぶ。あの動作は危険だ。

 相手が拳を開いた時点で、私はすでに最速で回避行動を試みていた。建物の影へ隠れ、姿を晒さないよう立ち回る。


「良い反応だのう。掴み損ねたわ」


 建物の影から相手の様子を窺う。掴み損ねた・・・・・と言ったか。ブラフの可能性もあるが、どうやら視認したものを遠隔で掴むのが術発動のキーなのだろう。

 であれば、常に遮蔽物を利用して姿を晒さないようにして戦う必要がある。向こうには最初の鳴神忍軍の隊員五人も合流してしまった。六対一で格上相手にそれを成し得るだろうか。


「ササベェ隊長、我々も戦いに戻れます」


「いや、おぬしらは後方で待機しておけ。呪い系統の忍術は人数差を逆手に取るものも多い」


「先ほどのような失態はもう犯しません」


 後方で待機していろ、という指示は隊員たちの戦闘力に信用がないから。そう思ったのか隊員の一人が食い下がる。すると、ササベェはぽりぽりとこめかみを掻いてから再び口を開いた。


「なら止めはせんがのう。おぬしらが傀儡にでもされた時には、躊躇なく絶ち切るぞ。それでも構わんなら行くがいい」


 言われた隊員はストンと腰を抜かして地面へ崩れ落ちた。他の隊員が支えるも、支える隊員も腰が引けている。ササベェは隊員たちの方へ向いているので私の方から表情は窺えない。しかし、よほど恐ろしい形相でもしていたのだろう。あの手の化け物は形相一つで相手を威圧する。


「さあて、これで邪魔も入らんだろう」


 振り返ったササベェはさっきと変わらず薄っすら楽し気な笑みを浮かべた表情だ。なるほど、彼ももしかしたら私と同じ感情を抱いたのかもしれない。


 つまり、全力で戦うに値する相手を見つけた愉悦。


 そんな絶好の獲物を前にして邪魔な横槍など入って来て欲しくはないだろう。彼が他の隊員を後方待機させたのもそんな理由ではないか。


「建物の影に隠れれば安心か。ずいぶん甘く見積もられたものだのう」


 こちらへササベェの声が届く。私が甘く見積もっている? そんなことはない。頭領複数人を相手取るという前評判からして私は脅威度を最大に見積もっている。

 ササベェが再び拳を開いて、握る動作を見せた。予想通りの遠距離掴み攻撃なのであれば、あれは何を掴んだのか。

 いや、直前の言葉を思い出すべきだ。建物の影に隠れるのが安心ではない?



 瞬間的に私は跳躍を選択していた。結果的にこの行動は正解だった。

 建物が横にズレる。それも不自然なズレ。建物の中間部分だけがダルマ落としのようにスライドしていったのだ。スパッと綺麗に斬られた建物の断面が露わとなる。

 この現象が私の隠れていた建物の後ろ3棟まで同時に起こっていた。ダルマ落とし的に建物の中間部分がスライドした為、建物の上部が重力に従い地面へ落下する。瓦礫が舞い、粉塵が視界を隠す。


 私は跳躍を続け、無事な建物の屋上へ降り立った。そして、すぐさま包帯を取り出して左足を縛る。跳躍の瞬間、左足が絶ち切りの範囲から抜け出せなかったらしい。ものの見事にスッパリと絶ち切られてしまっていた。


 相手の力を見誤っていた。どうやらササベェの絶ち切りは視認する必要なんてない。おそらく距離や範囲を選択して、その部分を問答無用に絶ち切る。

 そう考えれば建物がダルマ落としのような不自然な倒壊の仕方をしたのも納得できる。


 攻撃方法のタネは分かったが、ここからが問題でもある。

 機動力の要である脚を片方失ってしまった。この状態では次の絶ち切りを回避できるかも危ういだろう。


「良う避けたのう」


 私の居る屋上へササベェが登ってきた。こちらからの反撃など意図していないかのような無警戒な接近。それを咎めるべく私は呪いを付与した手裏剣を投擲した。

 そう簡単に近寄れるとは思わないで欲しいですね。


「よっ、ほっ、……ほほう、避けても追尾するのか」


 軽快なステップで手裏剣を避けるササベェはカラクリを看破すると手裏剣に向けて拳を開き、握る。

 手裏剣を絶ち切るつもりか。だが、それでも呪いの付与された手裏剣は半分の状態でササベェへ向かって行くだろう。


 しかし、手裏剣は予想とは異なる挙動をする。

 ササベェが腕を振るうと手裏剣の軌道が直角に捻じ曲がり、もう一つの手裏剣とぶつけられてしまった。呪いを付与された手裏剣同士の衝突により、呪いは対消滅してしまう。そして、力を失った手裏剣は地面へ落ちた。


 彼の力は一体なんなのか?

 絶ち切ることが本質ではない?


 手裏剣の軌道を捻じ曲げるのは今までの絶ち切りの効果とは違う。それとも同じ動作を目くらましにして他の力を行使したのだろうか。


「余所見はいかんなぁ」


 ハッとして身体を反らす。ササベェは手裏剣の方へ向けていた手とは逆の手を私へ向けていた。その手が握り込まれる。言われてからでは遅すぎた。腹部に熱を感じる。

 見下ろすと左脇腹が抉られていた。壊れてはいけない器官がおしゃかになった感覚。いけない、これ以上は攻撃を受けられない。


 あふれ出そうになるお腹の中身を右手で押さえ付けながら、無事な片足で力強く踏み込んだ。


「『相呪術・天秤呪い』」


 ササベェへ数多の呪いを掛ける。同様に私へ降りかかる呪いは全て反射する。呪いを受けた瞬間は誰しも身体を硬直させる。その一瞬に全力の蹴りを叩き込まんと接近した。


「この呪いの量は圧巻だのう」


 確かにササベェは身体を硬直させた。予想通りだ。しかし、想定外もあった。私自身の身体にも同様に呪いが降りかかったのだ。

 目の前が暗くなり、身体が重く、立っていられない。ササベェの近くまで踏み込んだは良いが彼の目の前で無様にも転倒してしまう。出血のせいもあるだろう。呪いの直撃が私の方へより強く作用してしまった。


「両者に呪いを掛ける呪術を自分だけ反射しておったな。それは不公平だからのう。反射を絶ち切らせてもらった」


 薄れる意識の中で、ササベェの言葉が遠く耳へ届いていた。


「では、悪さできんようにまずは四肢を絶ち切るか」


 言うや否や、両腕と両脚の付け根から感覚が消失した。

 ササベェが隊員たちを後方待機にさせたのは、強者との戦いに興味を抱いたからではなかった。そもそも必要なかったのだ。彼からしてみれば隊員たちは攻撃の邪魔でしかなかったのだろう。

 私も愚かだった。何故少しでも太刀打ちできると思ってしまったのか。頭領でいた長い期間が私の中に傲りを生んでしまったのか。


 そもそも、いつの間にか反射頼りの呪いの使い方に慣れ切ってしまっていた。苦々しきカルマの残した力に溺れた者の末路でもある。




 悔やんでも悔やみきれない。あぁ、主様あるじさま


『絶対に生きて合流しろ』


 主様の命令に背くことをお許しください。



 脇腹からの出血が激しいのか、身体が急速に冷えていくのを感じる。

 ……寒い、ですね。




 瞼が閉じゆく中、薄っすらと世界が光に包まれるような感覚がした。時間がゆっくりと流れていった。

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