第201話 不死夜叉丸攻略戦3×僧兵打破せよ一番槍

▼セオリー


 不死夜叉丸の術により、彼を中心にしてボス部屋のフィールドが大きな橋の上へと変化した。そして、俺たちと不死夜叉丸の間に割り込むようにして召喚された三メートルを超す巨漢の僧兵。いよいよもって戦いは最終局面を迎えようとしていた。


「いいね、こっから最終ラウンドってとこか」


「初見のヤツは気楽で良いな……」


 ハイトがげんなりした様子で返事をする。よほどこれまでの戦いが厳しいものだったのだろう。不死夜叉丸の分身条件を解析するために相当な回数アタックしたらしいからなぁ。やはり、同じボスに永遠と挑み続けるというのは精神的に来るものがある。

 今回のパーティーで妨害役の層を厚くするというのは試行錯誤の末に行き着いた最適解みたいだし、初見の俺やルペル、ゲンは美味しいところに滑り込んだ形である。


 それにしたって盾役を最低限にして、火力・妨害・補助に全振りするというパーティー構成は思い切ったものである。精鋭火力による短期決戦が唯一の突破口らしいから、やられる前にやるってコンセプトなんだろうけど、どこか一ヶ所でもしくじって瓦解すれば終わりの戦い方だ。


 特にルペルかゲンが落とされると途端に厳しくなる。

 ルペルは場所やタイミングを選ばずに不死夜叉丸を一瞬フリーズさせられる。途中、何度か反撃を喰らいそうな場面を仕切り直しにしてくれたので居ると居ないとで大違いの保険だ。

 ゲンもそうだ。唯一の盾役でコタローのバフ込みで不死夜叉丸の攻撃を受け止め切れるのは貴重だ。ハメパターンが崩れた時の立て直しの際、絶対に必要である。


「敵が増えたか。警戒態勢へ移行」


 タイドの指示で『月下氷人』の赤い糸が再びゲンとハイトに繋がれる。ハイトにはコタローが『加速加算アドアクセル』で俊敏にバフを掛けているため、これでゲンが不死夜叉丸のスピードに対応できるようになった。これから不死夜叉丸たちがどんな攻撃をしてきても対応できるように、ゲンを中心に前衛組が前へ出て身構える。


 羅刹不動僧兵なる術で召喚された大柄な僧兵は薙刀を構えたままジッと俺たちを見つめた。ボス部屋のフィールドは変化して大きな橋となっており、横幅は三十メートル以上ある。しかし、目の前に仁王立ちする僧兵から放たれるプレッシャーは橋を覆い隠すほどの圧力を滲み出していた。

 ジリジリと緊張の糸が張り詰めていくのが実感できる。僧兵に睨まれると不用意に動けない、そう錯覚させる威圧感があった。まるでこの僧兵こそが本当のボスだったんじゃないかと思うくらいだ。


「どうする、こっちから仕掛けるか?」


 このまま睨み合っていても埒が明かない。相手が動いてこないのであれば、どこかでこちらが動く必要がある。

 そうこうしている内にも、不死夜叉丸はこちらを窺っている。俺たちが気圧されて動けないと分かれば、再び回復行動に移るだろう。さっきは回復するのを妨害できたが、今回は間に阻む者がいる。やるなら不死夜叉丸が回復行動を起こす前に動き出したいところだ。


「……っだが、一人に対して全員で当たらなければ返り討ちに遭うだろう」


 俺の行動を急かす発言に対して、タイドは逡巡した後、冷静に予想されうる未来を呟いた。僧兵を突破するのに何人か割けば、その分だけ不死夜叉丸に仕掛ける人数が減る。それはさっきまでの盤石だった攻めとは違う。いつでも瓦解する恐れがある。

 そもそも僧兵の力も未知数だ。戦力を分割した結果、分割したパーティーがそれぞれ撃破されることも十分に考えられる。


「おい、悠長に話してる余裕はねぇぞ」


 ライギュウの声に反応して視線を戻すと、不死夜叉丸が祈りを捧げるモーションに移行し始めていた。つまり、回復行動である。これを許すと今までに与えたダメージや『仮死縫い』の仮死状態を回復されてしまう。


「待て、ライギュウ。これは釣りだ。俺たちを焦らせ、無謀に突撃させようと揺さぶりをかけているんだ」


「ハッ、だから完全回復するまで指くわえて待ってろってか?」


 タイドが制止するが、ライギュウは反発して吠える。ぎりとライギュウが拳を握り込む音が聞こえた。やばいな、そろそろライギュウの我慢の限界が来ている。

 それにライギュウが言うことにも一理ある。このまま好きに回復させていては戦いが振り出しに戻ってしまうだろう。となると、誰かが僧兵の足止めをして一早く不死夜叉丸との戦闘を再開する必要がある。


「ルペル、回復を妨害できるか?」


「一回までならできそうだね」


「では、頼む。考える時間を稼いでくれ」


「了解さ。『不死夜叉丸、回復を中断しろ』」


 タイドが尋ね、ルペルが答える。そして、再びの『忌名術』で不死夜叉丸の行動を阻害した。不死夜叉丸の祈りが中断され、強制的に回復行動が阻まれる。しかし、数秒後には再び祈りモーションが開始されるだろう。


「『不死夜叉丸、動くな』……やはり、ダメか。ユニークモンスター特有の抵抗力だ。また、しばらくは『忌名術』は受け付けないだろうね」


 ルペルは肩をすくめる。戦闘の序盤にも試していた様子だけど、やはり『忌名術』の連続使用はできないようだ。まあ、連続使用できたらルペル一人で完封できてしまうのだから当然とも言える。

 ルペルが稼いでくれた僅かな時間で、頭をフル回転させる。このパーティーで不死夜叉丸に対して有利を取って戦う場合、誰も抜けることができない。全員が何かしらの役割を持っているのだ。


 ……いや、全員ではないか。

 現在、明確な役割が無い者がいる、それは俺だ。俺の役割は最初の一撃で不死夜叉丸の心臓を仮死状態にする、もしくは次点で片腕を奪い取ることだった。現状、俺の目標は達成されており、回復行動を許さなければ俺が居る限り片腕を使用不可能にしておける。

 むしろ下手に俺がやられてライギュウと一緒に退場してしまえばそれこそ大きな戦力ダウンとなってしまう。だから、最初の一撃以降は積極的に不死夜叉丸へ接近できず、妨害にも貢献できていなかった。


「俺があの僧兵を引き付ける」


「セオリー、お前一人でかよ。そりゃあ……」


 俺が立候補すると、ハイトが「本気か?」という表情をする。続く言葉は「そりゃあ、無理だろ」とかそんな感じか。

 しかし、すぐに現状で俺は対不死夜叉丸の役割が何もないということに思い当ったのだろう。続く言葉を飲み込んだ。代わりにタイドが俺へ尋ねる。


「役割という観点だけで見たならセオリーの言う通りだろう。だが、あの僧兵もかなり手強そうだ。そして、お前が倒れると『仮死』と『ライギュウ』の二つが消える。そうなれば間違いなく敗走だ」


「あぁ、分かってる。だけど、このまま手をこまねいてるわけにもいかないだろ」


「策は?」


「策は、ある」


 俺とタイドの視線が絡み合う。策はある。それは紛れもなく真実だ。それがどこまで通用するのかは分からない。しかし、俺だって中忍頭になるまで色んな経験をしてきた。フェイ先生という師匠を得てさらに強くなったという自信はある。

 根負けしたのか、タイドは俺から目線を外し、前方を見据えた。


「……フッ、分かった。セオリー、お前に任せよう」


「よしきた、不死夜叉丸の方は頼むぜ」


「やられんじゃねーぞ」


「おう」


 タイドの許可を得て、ハイトの激励の言葉を背に受けながら、俺は一足先に陣形の中から飛び出した。他のパーティーメンバーが不死夜叉丸の下まで行けるように、まずは俺が僧兵のヘイトを貰わなくちゃいけない。だから、一番槍だ。久しぶりの感覚だ。戦場に向かって先陣を切り、鉄砲玉のように飛び出していく。


 俺が接近してきたことに反応してから、僧兵の目が赤く煌めいた。

 まずは小手調べだ。手裏剣を続けざまに三枚投擲する。素直に真っ直ぐと左右からの挟撃、それを時間差で放つ。僧兵は手にした薙刀を振りかぶると一撃で最初の手裏剣を叩き落し、さらに続けて飛んできた手裏剣は薙刀を回転させて弾いた。

 一連の返しは力強く、それでいて流麗な動きだった。おそらく遠距離攻撃だけじゃ注意を引き付けておけない。そんな余裕を感じさせた。


「なら、こいつはどうかな」


 僧兵へ向けて左手を向ける。直後、左腕に装着した長手甲からワイヤー付き棒手裏剣を射出した。僧兵は薙刀を払い、棒手裏剣も難なく弾き返してみせる。

 だが、俺の狙いはここからだ。伸び切ったワイヤーの根本を握ると黒いオーラがワイヤーを伝って棒手裏剣へと到達する。途端に棒手裏剣はまるで意思を持ったかのように空中でくねり、薙刀へと絡みつく。その様はまるで蛇のようだ。

 ヒモ状のものを自在に操る縄術じょうじゅつは忍者の基本技能である。通常は鉤縄かぎなわを使ったり、クエストでNPCを捕縛するのに使ったりする技術だけど、エイプリルお手製「機械仕掛けの長手甲」があれば通常の筋力では届かない遠距離捕縛に活用できる。


「これで俺とお前は一本の糸で繋がれた。このままじゃ鬱陶しいだろ?」


 左腕をクイクイと引っ張る。そのたびに僧兵の持つ薙刀が少しだけ揺れ動いた。俺の筋力は微々たるものだけど、それでも薙刀を振る際にいきなり横から引っ張られれば力が分散するし、攻撃自体にもブレが生じる。確実に鬱陶しいはずだ。となれば、まずは俺を相手せざるを得ないよな。


 挑発が届いたのか、僧兵は勢いよく腕を引いて薙刀を振りかぶる。その力強さは俺の筋力でどうこうなるようなものではなく、簡単に引き寄せられてしまう。とんでもない筋力だ。引き寄せられた瞬間、一瞬俺の身体が完全に浮遊していた。

 そのまま、されるがままにしていると地面に身体を擦り付ける羽目になってしまう。俺は慌てて足を地面に着けて、引っ張られるのに合わせて駆ける。


 薙刀を振りかぶった結果、俺と僧兵の距離が急激に近づく。そこから何をしてくるのかと思えば、刃の付いた方とは逆側のいわゆる石突いしづき部分を棒術のように回転させて、俺へと振り抜いてきたのだ。


「うおっ、あぶね!」


 第六感シックスセンスがビンビンに警鐘を鳴らしていたので、感覚の赴くまま咄嗟に回避行動を取る。長手甲の巻き取り機構を起動させると、棒手裏剣が絡みついている刃先方向、すなわち上空へ回避した。俺の回避先を見た僧兵は薙刀から片手を離し、大きく開いた掌で俺の足を掴もうとする。


「そんな簡単に捕まるかっての」


 俺はカウンター気味に『集中』で強化したクナイで掌を斬り付けると、続けて薙刀を蹴り飛ばしつつ後方宙返りを決め、長手甲からワイヤーを射出しながら地面へ着地した。

 今度は僧兵が薙刀を力任せに引っ張った時、いきなり俺が引き寄せられてしまわないよう余裕を持ってワイヤーをたわむくらい長めに出しておく。


 掌を斬られた僧兵は顔を歪ませて俺を睨み付けた。どうやら俺へのヘイトがかなり貯まったように見える。狙い通りだ。それにこの僧兵、思ったよりも直情型の猪突猛進モンスターだ。扱いやすい。

 俺が僧兵と戯れている間にパーティーメンバーは不死夜叉丸の方へ無事に通り抜けて行った。あとは時間さえ稼げば倒してくれるはずだ。不死夜叉丸の体力を三分の一まで削るのに三十分程度掛かった。つまり、単純に考えればあと十五分耐えれば倒せるはず。


 ……十五分。それならやれるか。というか、策はあると皆に大見得を切った手前、やるしかないのだ。

 そもそも一度ヘイトを買ったからって、それがいつまでも続くとは考えられない。僧兵が不死夜叉丸の救援へと向かってしまわない為にも、絶えずヘイトを取り続ける必要がある。だったら僧兵が本気で俺を倒さなきゃいけないと思うまで攻め立てるしかない。なんなら俺一人で倒すくらいの気概を持て。


 脳内のスイッチを切り替える。死を予測するだけでは、まだ足りない。生を掴み取るための道標を灯せ。


「『第六感的死線突破シックスセンス・ブレイクスルー』。さあ、デカブツ、俺と踊ろうぜ」

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