第247話 ゲームリザルト:得たモノ

▼セオリー


 暗黒アンダー都市、不知見組の事務所にて。

 小さなちゃぶ台を囲むようにして俺、エイプリル、シュガー、ホタル、ルペルの5人が座っていた。一様に視線は壁際に置かれたテレビへ向けられている。

 このテレビというのがとんでもなく古い型式だ。箱のような形をしている。たしかブラウン管テレビとか言ったか、歴史の教科書でしか見たことのないような代物だ。


「そこだー、やっちゃえー!」

「わぁ、今の惜しいです」

「面白い忍術を使うな……」


 それぞれが色々に呟きながらテレビの画面を見ているわけだけど、その内容というのが、他サーバーのワールドモンスター戦である。

 この情報はコタローによるものだ。なんでも各サーバーのワールドモンスター戦の様子が現実世界における外部の動画サイトなどで公開されているのだという。そして、サイトアドレスさえ用意すれば、このゲームの中でも動画観賞をすることができるのだ。


 というわけで、我らが不知見組でもワールドモンスター戦の観賞会をしていた。各ワールドモンスターの詳細も話に聞くのと動画で観るのとではガラッと印象が変わってくる。

 関西の「溜め込むマーモニクス」、九州の「全喰らうベルゼーシャ」、中四国の「渦巻くレヴィペント」、関東の「傲慢なるルシフォリオン」がすでに戦闘終了したワールドモンスターだ。

 そして、現在も絶賛戦闘中なのが北海道の「破壊せしサタルゴーン」、東北の「妖美なるアスモゴート」、中部の「微睡まどろむベルフェネクス」の三体である。

 戦闘中の三体に関してはまだ情報が錯綜しているので詳しいことは分からないけれど、アスモゴートとベルフェネクスは搦め手で攻めてくるタイプらしくなかなか手こずっているようだ。

 そういう意味ではルシフォリオンは真っ直ぐした攻めが多かったので戦いやすいタイプだったのかもしれない。



 以上の戦況から分かる通り、関東サーバーの西側で接する中部サーバーと北側で接する東北サーバーがいまだにワールドモンスターを討伐できていない。

 これによる弊害があった。……つまりはサーバー統合されても各地方間の行き来ができないってことだ!


 非常に由々しき事態である。

 ワールドクエストが発令されてからゲーム内時間で4ヶ月、現実の時間にして一ヶ月が過ぎた。つまり、ゲームの内部的にはサーバー統合が完了しているのである。

 これにより、サーバー間の行き来がオープンになり、世界が広がった。……が、それはあくまでワールドモンスターを倒していれば、だ。


 これじゃあ、なんのために急いでワールドモンスターを倒したのか分からない。すでに関西・中四国・九州の三サーバーでは盛んに交流が始まっているという。ズルい、ズル過ぎる!



 そんな悲しみに暮れる中、コタローが慰めに教えてくれたのが動画の情報なのだった。クランの会計担当ホタルに言ったらすぐにテレビを手配してくれた。やったぜ。

 そうそう、ブラウン管テレビというヤツもホタルの趣味嗜好が入った家具である。なんでも昔のドラマとかによく出てくるので憧れがあったそうな。



 さて、関東サーバーで言えばルシフォリオン討伐終了後、逆嶋バイオウェアのゴドーが一躍、時の人となった。ルシフォリオンに対する最多ダメージ報酬としてユニーク忍具を手に入れたらしい。巷ではどんな忍具なのかで話題が持ちきりだ。

 さすがにコタローも「それは秘密さ。今後、実際に戦うことがあれば知れるかもね」と不穏なことを言ってけむに巻いていたけれど、できれば逆嶋バイオウェアとは事を構えたくないもんだ。



 そんなこんなでゲーム的には一段落がついた。不知見組も一時休憩。まったりタイムへ突入だ。


 こうして、季節は春から夏へと巡っていく。








▼ゴドー


 ルシフォリオン討伐において最多ダメージを叩き出した俺はゲーム内で瞬く間に有名プレイヤーとなっていた。道を歩けば指を差され、ひそひそと噂される。

 自分が大したことをしていないと分かっているからこそ、誇張された俺という虚像が独り歩きしているのが嫌だった。


「ハァ……」


「ため息なんてついてどうしたのさ」


 一緒にクエストをしていたコタローが気にして話しかけてくる。


「そりゃ、ため息も吐きたくなる。絶えず他人から注目される。それがこんなにもストレスになるなんて知らなかった」


「あはは、有名税ってヤツだね」


 有名税か……。それが実力でなったのならまだ分かる。しかし、俺のは違う。シャドウハウンドの頭領ミユキの恩恵が大きなウェイトを占めている。

 弾を込め、安全装置セーフティーを外し、銃を構え、照準を合わせる。それをミユキが一人でお膳立てしてくれたのだ。

 俺がしたのは最後も最後、引き金をひく、ただその一工程だけだ。


「最多ダメージ? あれが俺の功績なものかよ」


「ボクは良いと思うけどね。あの場における適任者はゴドー、キミだけだったんだ。運も実力の内さ」


「それでも俺は、納得できない」


「だからユニーク忍具も使わないってことかい。せっかくの忍具も死蔵させてちゃ宝の持ち腐れじゃないかな?」


「ここでユニーク忍具に頼って強さを手に入れたとして、それは俺自身の強さなのか」


「自分に厳しいなぁ。そういう幸運みたいなものも含めてゲームなんじゃないの」


 自分の思っていることをコタローにぶちまけてみて、それに対するコタローの意見を聞いて、たしかにゲームで遊ぶという気楽さを考えれば、コタローのように降って湧いた恩恵を存分に享受してこそ楽しめるのだろう。そう考えると、俺は周囲の目ばかり気にしていたのかもしれない。


 最多ダメージプレイヤーになった後、すぐに頭領の力添えがあったことが明らかになった。ルシフォリオン戦の戦闘動画の録画が外部動画サイトにアップロードされていたからだ。

 そして、俺のことを頭領のお眼鏡にかなった、ただそれだけで最多ダメージプレイヤーになった人物、ただのラッキー野郎。そういう風に受け取る者が少なからず居たのだ。

 なんだかそれが無性に悔しかった。俺の力を否定されているような気がした。だから、ユニーク忍具を手に入れた後も使わずにいたのだ。

 もしも使ってしまったら、俺をただのラッキー野郎だと言った奴の言葉を受け入れたような気持になってしまうから。俺の力を俺自身も否定してしまうような気がしたから。



「……ゴドーはさ、考え過ぎだよ」


「割り切れってことだろ。俺も自分の不器用さは分かってる」


「あぁ、分かってはいるんだね」


 自分の考え方が不器用なのは分かってる。

 コタローは人差し指を顎に当てて思案顔。それからすぐにポツリと話を続けた。


「ゴドーはセオリーって分かるよね。ルシフォリオン戦で大将だったプレイヤー」


「はぁ……? まあ、分かるけど突然なんだ」


「彼はさ、まだ中忍頭なんだよ」


「知ってる。……そうだよ、あれは何だ。俺が居なけりゃアイツが最多ダメージプレイヤーだったろう」


 曲刀を振るい、稲妻を飛ばしたかと思えば、雷鳴の如き速度で俺の命を救った。それに最後の詰めでは遥か上空に滞空していたルシフォリオンを叩き落した。到底、中忍頭がやっていい動きじゃない。


「本人が自覚してるか知らないけど、彼はすごく貪欲なんだよね。自分がこうしたい、って思ったことを実現するためなら手段を選ばない」


「貪欲なだけで強くなれるなら苦労しないだろう」


「うん、そうだね。だから持って生まれた天性なのかな。思わず彼のペースに巻き込まれちゃうんだよね。それで彼の貪欲な願いに乗せられちゃうんだ。頭領ですらね」


「人心掌握術でも使ってるのか? まるで黒幕フィクサーだな」


「彼自身にその自覚は無さそうだけどね。まるで自分は鉄砲玉だとでも思ってるんじゃないかな」


「たしかに黒幕というには前線で命を張り過ぎてるな」


 なんともちぐはぐな行動パターンだ。俺とコタローは一緒になって笑った。


「そう、それで本題だよ。セオリーの強みはこうやって人脈を広げるのが上手いことだ。人脈は情報に繋がり、情報は強みに繋がる。その強みを惜しげもなく使うからセオリーは実際強いんだよ」


 コタローは言いたいことは言ったとばかりの表情だ。

 なるほどな、同じ中忍頭のセオリーは強い忍具やらを手に入れたら惜しげもなく使う。他者の目線なんて微塵も気にしちゃいないと。

 コタローは俺にも気にせずユニーク忍具を使えって言いたいんだ。周囲の有象無象からの評価なんて気にするな、手にした強みは使ってなんぼ。そういうことを言いたいんだろう。


「……まあ、そうだな。前向きに検討するよ」


「うん、ゴドーの気持ちの整理がついたら使えば良いさ」


 俺の煮え切らない返事にも、コタローは嫌な顔一つしなかった。

 割り切るのは少し時間が掛かるかもしれない。だが、コタローと話したおかげでユニーク忍具を使うことに対する変な罪悪感のようなものは薄れた気がする。

 こういう自分で勝手に縛りを作ってしまうのは悪い癖だ。せっかく手に入れた力だ。使えるようになろう。









***************

次回、第七章の前に番外編「サマーバケーションin千葉~電脳ゲーム研究会が一面に海広がる房総半島にポツンと建つ大学寮で何すんの?~」が挟まれる予定。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る