第116話 三人目のメンバー
▼
次の日。
電脳ゲーム研究会のサークル室に顔を出した俺は見知らぬ人物と出会った。
「こんにちは」
「……こんにちは、……新入生?」
俺の挨拶に返事をしてくれたのは落ち着きのある雰囲気を纏った女性だった。
彼女はリラクゼーションチェアに身をゆだね、読書に
「はい。初めまして、淵見瀬織って言います」
「
返す言葉で言われたのが名前と学年であるということに気付くまで数瞬の間が必要だった。神楽が社交的に会話をしてくるのに比べて、こちらの鷹条 瞳は口数も少なく、無駄を省いた物言いだ。
そういえば、神楽は俺より一つ上の二年だったはず。そして、目の前の鷹条は三年と言った。にもかかわらず、神楽の方が会長なのか。
「神楽先輩はまだ来てないんですね」
「あの子は今日、色々と準備があると言っていた」
「準備ですか?」
「そう」
……会話終了。
神楽が何の準備をしているのか分からないままだけど、鷹条はそれ以上の説明をする気は無さそうだ。
しかし、話は続かないけれど、会話が途切れた以降も俺のことを興味深そうな眼差しで見つめ続けている。
な、何か会話の種はないか。周囲を見回して、棚に並ぶゲームが目に入る。
「鷹条先輩もゲームが好きで電脳ゲーム研究会に入ったんですか?」
俺の質問に対して、鷹条はこくりと頷く。
あ、やばい。会話がこれで終了する。慌てた俺は続けざまに質問を続ける。
「そうなんですね。よく遊ぶゲームとかあります?」
「……最近はアームドウォー2」
「あー、名前は聞いたことあります。たしか銃撃戦とかするゲームですよね」
「そう。知ってるの?」
初めて鷹条の方から俺へ疑問文が返ってきた。やはり、ゲームサークルに入っているだけあって、ゲームに関連する話題だと食いつきが良い。
しかし、困ったな。アームドウォー2に関して、俺が知っているのは悪評ばかりだ。
そもそもアームドウォー2は、前作の大規模軍事戦略FPS「アームドウォー」が好評を博し、その結果製作された第二弾だ。そして、発売から今に至るまで連綿と続く賛否両論の嵐を巻き起こしている。
とはいえ、ゲーム自体が悪かったわけじゃない。前作から格段にアップデートされたグラフィックやハードに感覚ダイブ型VRを使ったことによる一層の没入感などに関しては高い評価を受けている。実際、コアなファンからは根強い人気を誇るらしい。
ただ、問題点はリアル過ぎたことだ。
このゲームは多くの参加プレイヤーたちによる大規模PvPが売りだ。二陣営に分かれたプレイヤーたちはそれぞれ相手陣営に配置された最重要拠点を制圧することを目標に争うことになる。そして、実際の戦場さながらのリアリティを追い求めた結果、一回のゲームに掛かる時間は最短で一週間と言われている。最短でだ。
ゲームの終了条件は相手陣営の拠点を攻め落とし、どちらかの陣営が最終的な目標地点を制圧するまで。それまでは始まったが最後、終わらない闘争が続くのである。そのため、過去には半年を超える泥沼の戦いもあったという。
そんな風に実際の戦場を忠実に再現してしまったがために、長期スパンでの戦いとなり、初心者が参入する際の大きな障壁となってしまっている。
また、二つ名持ちの存在もゲームバランス崩壊の一助となってしまった。
これに関してはゲーム側もプレイヤー側も誰一人として悪くない。ただ、腕前で戦場を分ける必要性はあったのかもしれないが。
二つ名持ちというのは、ゲーム中で戦場のプレイヤーたちが特定のプレイヤーに対して勝手に呼び始めた称号のようなものだ。つまり、公式のものではない。しかし、いつしか二つ名は独り歩きして、どの戦場でも個体識別番号のように各プレイヤーから認識されるようになった。
二つ名を付けられるプレイヤーは一人一人が卓越したプレイスキルを持ち、最終的なゲームの勝敗すら二つ名持ちが何人同じ陣営にいたかで決まるとすら言われている。さすがにそれは言い過ぎだと思うけれど、実際に聞いた話でも、それまで有利に進めていた戦場に一人の兵士が参入した途端、押し返されてしまったという話は枚挙にいとまがない。
このことから少なくとも局所的な戦場においては、戦局をコントロールし得る力を持っていると言えるのだろう。
ただ、そういった二つ名を持ったエースプレイヤーがいる影には、当然屠られる側のプレイヤーもいるわけだ。彼らからすると、二つ名持ちのプレイスキルは理解しがたいものがある。その結果、
そんな風に根強いファン、壁を感じる初心者、自尊心を打ち砕かれたプレイヤーなどの相容れないゲーム評価によって賛否両論の嵐となったわけだ。
この場面でわざわざアームドウォー2の名前を出すということは、鷹条はきっと根強いファン側の人間と思われる。悪評に関しては耳にタコができるくらい聞いているだろう。ここは良い点を共有するが吉と見た。
「実際に遊んだことは無いんですけど、リアリティが凄いらしいですね。一ゲームに一週間とか掛かるって聞いた時は驚きましたよ」
「たしかに最初は面食らうと思う」
どうやらグッドコミュニケーションを引き当てたようだ。鷹条はうんうんと何度も頷いて肯定した。相変わらず口数は少ないけれど、ボディランゲージが段々と大きくなっていることから感情の高ぶりが読み取れる。
「もし良かったら、今度一緒に遊びましょう」
「いいですね、時間が取れれば是非」
この発言が後々地獄へと続いているとは、この時の俺は思いもしなかった。
しばらくサークル室で鷹条と談笑を続けていると、神楽がサークル室に入ってきた。両手には手提げ袋を持っており、中には色々と機材が入っている。
「あれ、鷹ちゃん先輩が来てる。珍しいー」
「神楽さん、久しぶり。ちょうど身体が空いたから」
二人の会話を聞くに、鷹条はあまりサークルに顔を出していないようだ。もしかして、神楽が会長を務めているのも、鷹条のサークル出席率が悪いとかそういう理由だろうか。
「先輩たち就職活動で全然来ないから、もっと来る頻度増やしてよ」
「……善処する」
神楽は両手に持った荷物を床に置くと、鷹条の双肩に両手を置いた。
「善処するって絶対に来ないじゃーん!」
そう言いながらガクガクと肩を揺さぶった。鷹条はされるがままに身体を揺らしている。
なんというか、緩い空気感だ。というか、もしかしなくてもサークルメンバーって就職活動で忙しいという四年生を除くとこれで全員だったりするのだろうか。たしかに神楽以外の会員を見ないなぁとは思っていたけれども。
「淵見くんもおはよう。鷹ちゃん先輩とはもう話した?」
「そうですね、アームドウォー2の話とかちょろっと」
「あなたと違って彼は話が分かる。ナイスな新入生勧誘」
割って入った鷹条は神楽へ向かって親指をグッと上げた。
鷹条は口数少ない代わりに身振り手振りの感情表現が豊かだ。外見は大人しそうな見た目をしているので良い意味でギャップを感じる。
「えぇー、だってあたし銃撃戦とかあんまり好きじゃないし」
「ふぅ……、分かってない。あの血と硝煙の薫る戦場が良いのに」
どうやら、神楽はミリタリー系のゲームは好みではないようだ。
ちなみに俺は雑食なのでジャンル関係なく何でも食べるタイプだ。強いて言うなら、脅威に対して抵抗する術がないゲームが苦手だろうか。基本のゲームシステムにおいて、そもそも逃げ回るしか選択肢がないゲームはなんとかして反撃したくなってしまう。
過去にも絶対に倒すことができないステージギミックの敵を壁にハメるという攻略サイトにも書かれていなかったバグ技を編み出して倒したことがある。
それくらい負けず嫌いなところがあるわけだ。
それはさておき、そろそろ神楽が持ってきた機材について聞いてみよう。
「それで、神楽先輩が持ってきたソレは何なんですか?」
手提げ袋の口からは眼鏡やVR用のヘッドギアみたいな物体が顔を覗かせている。
神楽は俺の質問を聞いてニヤリと笑みを浮かべた。
「ふっふーん、よくぞ聞いてくれました。今日はサークルメンバー全員でVR適応を調べるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます