第一章 命と諚

力技の取り込み

●力技の取り込み


 どうやら朝廷は形振り構って居られなくなったらしい。

 盛んにわしの好意を買おうとしている。


「位打ちは御免にございます」

 と固辞するも、方々から手を尽くしてわしの退路を断って居った。


「紫の絹の秘伝だけでも、昇殿しょうでんの値打ちはありまする。それが、外国とつくにが朝貢に参る程の物を他にもと為れば、官位は当然。位打ちとは心外な」

 岩倉卿は、この力技の数々を順当な物と言い張っている。


 京におけるこれらの特権を、朝廷に差し出せと言う条件付きだから、公家とは油断のならぬものだ。

 裏で動く金に、外国を受け入れる為の朝貢と言う体裁。岩倉卿の剛腕には恐れ入った。


「解りました。それが必要とあらば、京での利権はすっかりお上に献上致します」

「流石登茂恵ともえ殿、察しがお早い」

 事実上の無心であったが、切れる札だけで済んで良かった。


化粧けわいの件は、お伊能いの殿でなければなりませぬ」

「そちらも抜かりのう手筈は整っております」


 それからがジェットコースターであった。


 元よりわしは無位無官。決して聖上おかみの前に出れる者ではなかった筈なのだ。

 それが近衛家からの猶子ゆうしの話から始まって、権典侍ごんないしのすけと官位。

 あれよあれよと言う間に殿上人の仲間入り。


 先ず近衛家の猶子・幸子ゆきこのお披露目から始まり、正式の名乗りが近衛幸子に。

 この資格の上で、官位官職が公然の物と成って行く。


 召されて、巨勢の秘薬を献上。合わせて蕎麦湯と松葉茶も脚気の特効薬として紹介。

 予定通りモーヴの利権も今長チャングムの秘宝の件も、鉄道の時刻表の様に消化して行くことに。

 昇殿して実演に当たりお伊能殿に従五位下。わしには正五位下が授けられた。

 ただ。これすらも、権典侍に至る過程でしか過ぎないのが、真に恐れ多くて仕方がなかったのだ。


 様々な理由を付けての必要権限の付与。

 これらは、万事大らかな宮中に於ける一大椿事として、多くの公家の日記に記されたことであろう。


 ただ。どこの世界でも女と言う物はそう変わらないらしく、今長の秘宝は喝采を以って宮中に受け入れられたことだけは記しておく必要がある。

 東宮ご生母・中原典侍様も十程若返ったとお悦びに成られ、お歳を召した方程、好意的に受け止められた由。


「ハフニもハラヤも仏法も、元はと言えば外国から来た物です。

 三十まで生きればよかった時代の化粧は、五十以上も生きる時代にはそぐいませぬ。

 まして和子のお命を縮めてまで使うべき物でしょうか?


 いと高き日の血脈を護る為にも、安全な白粉が必要です。

 恩寵や位を得ても、願わくば我が子を高御座に据えたいのは女の常。

 もしそれが新しき化粧法で適うのならば、何故人の願いを捨てる必要が御座いましょうか。

 幸い、新しき白粉は従来の化粧方法にも使えまする。


 今、ご府中で評判の白粉は売れ行きも良く大奥の費用を賄って余りございます。

 この入り金が、ここ京師では禁裏に入る事を思えば、何故賤の女ばかりを

 美しくする必要が御座いますでしょうか?


 賤の女の子を我が子とするのがお望みならば、登茂恵は何も言いませぬ」


 わしのこれほど傲慢無礼な物言いが、化粧術の偉力の前に通ってしまったので有るのだから。

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