ユースウェア

●ユースウェア


京師けいし・ご府中ふちゅう間は、大名行列で川止め無くして陸路十六日。

 軍勢を上らせるにも同じだけ掛かります。

 よってはやき船を用いて兵を遣わさねば、お話しになりませぬ。


 さて、ここで問題となるのは兵を差し向ける速さのみに非ず。

 宿場ごとに馬を取り換え、早馬を飛ばしても三日四日は掛かりましょう。これに船の速さを加味しても、早馬を飛ばしてから兵が到着するのに十日は掛かってしまいます。

 十日もあればいくさならば、大事はとうに決して仕舞いましょう。この間にもし、賊が京師を盗りご公儀討伐の密勅をでっち上げでも致したら。あちらは官軍こちらは賊軍となってしまいまする」

「それは拙いな」

 唸る様に彦根中将様から洩れる声。

 なぜならば、大樹公たいじゅこう家が諸侯の上に君臨して居るのは勿論大樹公家の武威、即ち軍事力である。しかし政権の正統性は、皇室の権威によって担保されているからである。


「今の事になりませぬが。最終的には京師・ご府中百三十里を、ペロリ(ペリー)がもたらしたテレグラフ(電信)で繋ぎたいところでございます。さすれば直ちに京の事情が上様の掌に成ります」

 ペリー提督が蒸気機関車と電信を持って来た事は有名である。


「一体幾ら掛かる事やら……」

 ソロバンを弾き、溜息が出る和泉守様。

「されど、近しい事をなるべく銭を掛けずに行う方法が無い訳ではございませぬ。

 モールスなる学者が生み出した、トン・ツー二つの音で文字をあらわすモールス符号こそテレグラフのユースウェア、即ち運用術の胆にございます。

 一先ずは京師とテレグラフを繋がずとも、モールス符号の法をもちいさえすれば宜しいかと。

 新しきのりに切り替えれば、それだけで旧来の物も一変致します」

 ここで区切り反応を待つ。


 若く今世のわしと歳の近い大樹公様は興味津々。会津少将様も三十路前。まだ頭の柔らかいお歳であるから興味深げにわしを見ている。



 年配のご重役方の一人が口を開いた。

登茂恵ともえ殿。ついえはどの程度とお考えか?」

「少なくとも、実現可能の範囲に収まりましょう。

 初めこそご公儀のご助力を必要と致しますが、保つは化粧けわいの利で賄えると見ております」

「最初の費えか。多くは出せませぬぞ」

 つまり、あまり多く無ければ出しても良いのか。

「ご期待に添いたいと存じ上げます」

 わしは無難に返事を返した。


「登茂恵。如何にしたいのか話せ」

 大樹公様の促しにわしは続きを語り始めた。



「見通しの良い所であれば、三寸五分(十センチ強)の鏡で一里(四キロメートル)。七寸(二十一センチ)の鏡で二里半も届きまする。灯火で夜ならばその三倍も届きましょう。

 例えば夜。光源を遮り点滅させてモールス符号を発すれば。京師の報告を二百足らずの兵で直ちに伝えることが適いまする。

 登茂恵が考えまするに、大坂・伏見の十二里をテレグラフで結び、大阪よりご府中に到る海岸線を烽火台のろしだいが如き設備で結び、光の駅伝を行うのが宜しゅうございましょう。

 従来の烽火のろしは、伝える情報が限られておりましたが、モールス殿の符号を用いれば文の遣り取りも簡単に成りまする」

 電線が引けぬならば発光信号を使えば良い。それがわしの結論であった。


「ふむ。烽火台ならテレグラフより早く作れるな」

「はい。モールス符号の修練を行った御親兵ごしんぺいを配せば直ちに。

 これは荒事では無い故、男である必要がございませぬ。土地土地の女子供を御親兵に加えれば、扶持も廉く済みましょう」

 恐らく低く抑えたい維持費用の点から、わしは通信兵に女性をした。


「なるほど。何も男である必要は無いか」

 ご重役方の反応に、わしは心の中で会心の笑みを漏らす。色に出ぬよう、些かの苦労をして。


「はい。これに加えて、京師・ご府中間で毎日定時の連絡を行う様に致しますれば。

 勿論確認は必要でございまするが、連絡が途切れるをもって大事の報せとなりまする」


 定時連絡には、故障や電線切断や発行信号の中継所が襲われた事が直ぐに判る利が有る。

 と説明すると、

「登茂恵の言や良し。衆議に掛けよ」

 大樹公様は仰った。

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