第九章 ニューセレクターシェリフ

京都守護代

●京都守護代


 大樹公たいじゅ様のお城。評議の席に通された。

 怪我の為、特別に肘掛けを許された彦根中将を始めとし、ご重役方が並ぶ表。

「お召しに与り、恐悦至極にございます」

 平蜘蛛の様に平伏するわしに向かって声が掛かる。

登茂恵ともえ大儀たいぎじゃ」

 奥では気安い大樹公様も、ここでは威儀を正して御簾の向う。

 今は危急の時ではない為、型通りの礼法を守って遣り取りが進む。


「先ずは、御親兵ごしんぺいにも関りある故、話して置こう。

 引継ぎも終わる故、和泉守いずみのかみは職を辞し、彦根中将は療養の為、隠居して家督を譲る」

 決定事項として大樹公様は仰った。

「それでだ。彦根は代々京都守護職を務める家だが、昨今の困難を思うに次代には些か荷が重い。因って此度、京都守護代を置くことにした」

「京都守護代」

「そうだ。彦根は引き続き京都守護職としていざと言う時に備えるが、当面の実務は守護代に任せようと思う。

 そこで登茂恵ともえに相談なのだが」

 大樹公様が言葉を区切った。

 相談とは言うが、仮にも天下人の言う相談である。実質は命令である。


「会津少将しょうしょう

 大樹公様のお召しに襖が開き、

御親兵ごしんぺい差配、大江登茂恵おおえのともえ殿。会津肥後守ひごのかみです」

 平成の代なら、ジャニーズ事務所にスカウトされそうな男が現れて、

「少将と申してもごんが付きますが」

 と一言添えた。


「会津松平家は、三代大猷院だいゆういん様の御舎弟ごしゃてい様が興したお家にて、奥羽のしずめ。

 歴代の大樹公が最もたのみとする譜代は彦根であれば、最も恃みとする親藩は会津なのじゃ。

 京都から遠き故に、引き受けて貰うには四顧の礼が必要であったぞ」

 大樹公様のお言葉に会津少将様は、

守護代しゅごだい故に引き受けました。京都守護職は彦根家の家職なれど、代替わりの僅か十三歳のご継嗣に負わせて良い責務ではございません」

 そう口にした。

 彦根中将様のご長男は生まれ月は四月と聞くから、数えの十三歳は満十二歳になったばかり。

 確かに。歳で言えば尋常科の六年生になったばかりの子供に、首都の治安を任せる訳には行く訳が無い。

「自分も従前より、天子様の御宸襟ごしんきんを悩ます勤皇きんのうの賊を懲らす為、些かながら微力を尽くして参りました。

 よってお引き受け申し上げることに否はありません。されど一朝事いっちょうことある時に、会津の兵は間に合いませぬ。引き続き彦根より睨みを利かして頂きたく存じ上げます」

 そう言って、会津少将様は隠居を決めた彦根中将様に深々と頭を下げる。東北の会津からでは急場に間に合わないことは明白であるからだ。

 会津少将様は更にこのわしに向き直り、

「事と次第によっては、御親兵のお力をお借りするやも知れませぬ」

 と会釈する。

「登茂恵。風船の褒美も兼ねて、配下の者を三倍に増やす。登茂恵が選びて御親兵に加えよ」

 任務に伴う大増員。それがわしに渡された褒美であった。



 わしは考えを巡らせる。

 ご府中から樽廻船の小早こばやを使えば、三泊四日から五泊六日。拙くとも、軍隊を独りの急ぎ旅同様の日程で、蚕棚で身体を休めながら到着可能だ。

 平時の行軍、即ち大名行列が京とご府中往来に十五、六泊を要すことを考えると、船の方が早い。

 ご公儀の黒印状を携えし遠征ならば、荷検めも水夫かこ手形も要らぬし、袖の下も不要であるし、万が一、足止めしようものなら誰かが腹を召さねばならぬ大事になってしまうからな。


 まあ、船酔いもあろうが全員ではない。一部船酔いで戦力消耗していたとしても、脱落なく員数は揃えられるし、連日の強行軍で消耗しきった兵を実践投入するより勝算が高い。

 なにより、船ならば大砲も楽々運べることが大きい。


 しかしこれには大きな問題があった。


「御親兵はここご府中にございます。さすればその時は、船を用い駆け付ける事となりましょう。

 如何に会津よりは近くとも、陸路では間に合う道理がございませぬ故」

 わしはご重役方を見渡してから言った。根本的問題を解消するために、ここは言わねばなるまい。

「御親兵が会津少将様をお助けするために。いざ京師けいしの為に、上申がございます」

「良い。申せ」

 大樹公様のお許しを得て、わしは説明を開始した。

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