カスタア将軍

●カスタア将軍


「わしらが守り手として、姫さんならどうするのですか?」

 良い質問だ。

「攻め手側を極悪非道の悪鬼としてひろめ、捕まったら何をされるかわからない。いっそ一思いに殺された方がましであると住民に信じ込ませます。

 そしてその上で、お手柄に対して武士と同等の恩賞を約束致します」

 わしはそう言い切った。



 前世。復員した時に一番驚いたのは、弟の一人が特攻志願していたことだ。

 べニアのモーターボートに乗って敵艦に向かって行く特攻要員。それに志願していた。

 弟は満州事変の年の生まれであるから、終戦当時はまだ国民学校(小学校)の高等科二年生。新しい学制ならば中学二年に当たる歳である。


 そんな子供がなぜ特攻志願したか。それは藁半紙にガリ版刷りされた、とある雑誌の影響だ。そこには戦時訓話と共に、鬼畜米英の非道を伝える小国民向け小説が載っていた。


 それは当時のアメリカ人が、南北戦争に多大なる功績が有り、衆寡敵せず壮烈な戦死を遂げたことで英雄として仰ぐ、カスタア将軍の非道を描いた物語である。

 戦えぬ女子供や老人も問わぬ大虐殺。挿絵に描かれているのは、母親から取り上げた赤ん坊をサーベルで串刺しにする場面。それにカスタア将軍の命令で、獣縛りで塁壁るいへきにされたアメリカ先住民の子供が被弾して口から血を吐く場面だ。

 読めば誰でも。いや挿絵を見るだけで、奴らは白人以外を人間だと思って居ないと実感させられる内容であった。


 弟は、カスタア将軍が作ったからカスタードクリーム。と言う小説の与太話を後々まで信じ込んでいた。

 カスタア将軍を憎むあまり、孫が生まれて勧めるまで一切クリームパンを食わなかったくらいだから、余程義憤に駆られたのであろう。



 さて。こうした前世のプロパガンダの塊のお話を、簡略化して宣振に振ってみると。

「鬼や。まっこと鬼や。カスタア言うたな。こがな夷荻いてきめは人間であるはずがない」

 と、耳まで真っ赤にして怒った。


「宣振。落ち着きなさい。今のは市井の者に敵を憎ませる為の嘘のためしにございます。

 物の例えで激高されては困ります」

「姫さんは、ざっとした奴(悪党)や」

「宣振。これは町家まちやを攻め手に付かせぬ軍略にございます。

 攻め手は如何にして、武士と町家を切り離すかの勝負にて、守り手は如何にして町家を攻め手に付かせぬかを図らねば成りませぬ。


 攻め手は、勝てば敵は武士だけだったといて治めるを易く出来まする。よし打ち負けるとも、敵は以前のようには治まりますまい。そこに後の勝利の種がございます。

 守り手としては、仮令たとえ一敗地に塗れるとも、町家が共に下陣げじんの難にうてくれれば、後の巻き返しに繋げられます。


 敵の城下を攻める時は、このようないくさに成りまする」

 宣伝戦の有効性をわしはおしえる。しかし、名誉を重んじる武士の故に、

「けんど……」

 と宣振は口籠る。わしは判りやすい戦例を挙げた。


「エゲレスの武官に関ヶ原の戦いの配置を見せた所、西軍圧勝と答えたそうにございます。

 しかし東軍が負けては大樹公家の天下は有りませんでした? なぜ治部が負けたかご存知ですか?」

「それは調略されちょって、内通者がおったき」

 これは余にも有名な話だ。集めた兵数・鉄砲の数・布陣のみで考えるならば西軍有利。


「その通りです。調略や離間の計を成功されては、勝てる戦も勝てません。

 全てひっくるめて一つの旗のもとに纏める事が出来なければ、必ず破れます」


 吉川めが弁当で道を塞がず、適切な時期に江家本家の軍を投入してさえおれば、関ヶ原は西軍の勝利となり、薩摩が前方退却を行う必要も無かったのだ。

 尤も。西軍自体が同床異夢の寄せ集めで在った為、世は戦国に逆戻りしていた可能性は高い。とわしは見るが。


 宣振は、決して全てを受け入れた訳ではないが、わしの考え方の理解を増したようだ。

「ともあれ。あくまでもこれは演習にございます。起こり得る最悪を考えて、いざと言う時に備える事こそ本にございます」

 元々、演習の想定自体が、随分と酷いものなのだ。高知演習の日は近づいていた。

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