ミカドの都1

●ミカドの都1


「チャック。本当にここがミカドが済むと言うキョウなんですか?」

 馬でキョウに向かう旅の相棒ウッドソープ・クラークが聞いて来た。彼はアメリカのハード商会に勤める、支部の支配人内定者だ。


「そうらしいな。所詮は野蛮人の都だ」

「噂は本当なんでしょうかね? 僕は上海シャンハイ支部の積りで来たんだけれど。いきなりこんなド田舎なんで、正直参ってますよ」

「まあそう言うなウッド。逆に考えるんだ。

 まだ誰も手を付けていない処だからこそ、本当だったら功績は稼ぎ放題だぞ」

「それはそうですが」



 話は上海シャンハイに持ち込まれた生糸から始まる。それは見事なシルクの糸であったが、色は濃くて鮮やかな紫。

 近くの島国の物だと言う。


 紫は、古代から王や皇帝、特に許された聖職者にのみ許された色である。と言うのも、紫の染料は貴重でとても高価であるからだ。

 今の所、アッキ貝から採れるロイヤルパープル以外、シルクを紫に染めるすべは無い。

 しかしこの東洋の島国に、アッキ貝で染めた物と遜色けんしょく無いシルクが存在するのだと言う。

 この情報を上海でいち早く得た俺やハード商会は、本国が動く前に利権を抑えてしまおうと遣って来たのだ。



「まあ。あるとすればここだろう。何せ、この国の最上の物は、ここキョウで作られていると聞くからな」

 キョウから運ばれて来た物はクダリ物と呼ばれる第一級の高級品で、それ以外を二級以下の品としてクダラナイ物と言うらしい。


 しかし。都の近くだと言うのに、ここに来るまで酷く寂びれた農村ばかり。目に入るのは点在する木と藁で作った粗末な家。他は見渡す限りの畑が広がっていたのだ。


 しかし、今更なのかもしれない。

 ミカドの居るここキョウと、ショーグナイトの居るゴフチュー。二つを結ぶ街道は、道が舗装されて居なかったり、川に橋も架けられていなかったりする原始的なものだった。しかし、一定区画毎に町が有り、宿屋などが整っていた。

 街道は女性の巡礼が旅をできるくらいには安全なようで、費用もそれほど高いわけではない。

 ただ食べ物は不味い。パンは無く、濁った臭いスープと煮た魚。それとねっとりしたライスがあるだけだ。


 果物もあるにはあるが味が無い。

 例えばこの時期実を着けるマカーウリと言うウォーターメロンは、果汁が多く香りはそれなりに良い物であったが、大した甘味も無くまるでアフタヌーンティーのパンにはさむキュウリのようである。

 野蛮人の土地の水を飲むよりは良かろうと、度々購入しているが、喉を潤す以上の価値はない。



 馬を進めると、途中で何人かの畑を耕す農民に出逢った。

 彼らは農作業の手を止めて、こちらの方にオジギと言う挨拶をして来る。

 襤褸ぼろを纏って居る者ばかりだが、顔には汚れが見えず男も女も小綺麗こぎれいである。

 良く清国で見掛けた、刷る直前の銅版画のように顔の窪みに黒ずんだ汚れのある者は見えない。


「しかし。野蛮人にしては、清潔だな」

 俺が言うとウッドソープは、

「庶民でも二日に一度は風呂に入り、夏場は毎日水浴びをするんだそうですよ」

 などと信じられないことを言う。


「それは病気と言わないか?」

「ミソギと言って、宗教儀式でもあるそうですよ」

「宗教か」


 東洋に来るまで、奴らはキリストの福音ふくいんらず。呪術と迷信に支配された野蛮人達だと思っていた。

 太鼓を叩くリズムに合わせ、闇の中、燃え盛る火の回りを両手を上げ下げしながら奇声を上げて回る褌一丁の連中と言うイメージだ。


 想像よりは酷く無かったが、上海では無知蒙昧な連中を見て来た。

 アヘンを喫する事を嗜みとして、賄賂を取る事しか考えないマンダリン(官僚)共。

 上が上なら下も下で、卑屈で欲張りで残酷で嘘吐きな庶民。

 大国の清国ですらそう言うありさまである。


 だから彼らが野蛮人と言う、この小さな島国の連中は、どんなに酷いのだろうかと、俺は覚悟して来たのだった。

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入院の一時帰宅に付き、予約公開いたします。

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