士道不覚悟

●士道不覚悟


「辻斬りでは無く女の家で斬られたとあっては、まさしく士道不覚悟なり。

 最早もはや、この恥は切腹をってすすぐ他は無い」


 只でさえ、月海つきみの切腹を主張していた藤崎ふじさき殿である。辻斬り遭難の筈が、女の家で斬られたと判ってからは強く切腹を求めた。


 試衛派だけではない。以前は、被害者であり賊の太刀から急所を躱していることもあって

「何もそこまでしなくとも」

 と言っていた者達までもが、これに倣ったのである。


 ここまで来ると流石の芹沢せりざわ殿も庇いきれず、

「襲われで怪我して、相手あいで一太刀ひとだぢも浴びさせられ無がったら切腹が? 藤崎の、そうなんだな?」

 と確認し、藤崎殿を始めとする試衛派に「そうだそうだ」と言う言葉を吐かせることしか出来なかった。


わがった。言質は貰ったぞ」

 不機嫌そうに言った芹沢殿は、衆議と運命に月海を委ねた。


 この事が大きな遺恨となるであろうことは判ってはいたが。会津あいず松平家も壬生みぶ鳥居家も、このわしも手を出しかねる流れであったのだ。


 月海なにがしの切腹は、その日の内に済まされた。そう、実にあっさりと。

 但し切腹と言いつつも、その実は斬首であったと言う噂が洛中に流れている。

 月海が最後まで抵抗したためである。


 ともあれ。この一罰百戒の月海切腹以来、新撰組の綱紀の乱れは正された。

 めっきりと隊士の御役目以外の外出や、外泊届が減少したのだ。


 但し水府派を中心に、月海のてつは踏むまじと風呂や湯屋の湯船の中まで木太刀きだちを、色街のねやの中まで脇差を持ち込む者が増え、これはこれで物議をかもした。

 常時戦場の心得は宜しいが、その巻き添えを食らった者達は大迷惑である。



 事件から半月。事態が落ち着かぬ為、中々京師けいしを離れられないわしが皆を集めると。

登茂恵ともえ。新撰組の評判が酷いのじゃ」

 ふゆ殿が、京の町の子供から仕入れた話を教えてくれた。


墨染すみぞめの男の後ろに立つと斬られるとか、湯屋で刀を持った男に睨まれたとか。

 斬り捨てないと切腹だから、相手が子供でも容赦なく斬るとか、勝手金策の時にも無かった話なのじゃ」

 噂は、小さな子供にまで広がって居ると言う。


「そうだね。怖ろしいと言う意味では、凄みを増したんだ。

 もしも投げた石が壬生狼に当たったら殺されるって言うんで、男の子達が石合戦をしなくなったそうだよ」

 苦り顔の奈津殿。


「他には? 何かございましたか」

 と尋ねると、あき殿からも宣振まさのぶからも、羅宇らお屋殿からも出るは出るは。


 この半月余り、頻繁にこれらの苦情が会津松平や壬生鳥居の屋敷に持ち込まれたが、新撰組に対しては月海切腹の一件もあって、誰も強くは言えなかったのだ。


 最たる原因を挙げれれば、新撰組をどこが治めるかが明確でなかったこともある。

 一応、京都守護代である会津松平家ご支配と言う事に為ってはいるが、世話役に壬生鳥居家が居り、かさねて御親兵差配であるこのわしにも問題を正す権限が与えられている。

 一言で言うならば、責任の所在が明らかではないのだ。


 因みにこのような有様は、何も新撰組だけではない。大樹公たいじゅこう家のまつりごと全般における状況であり、何事も合議によって進める事が、神君と呼ばれる初代大樹公様がお決めに為られた不磨ふま祖法そほうであるからである。

 勿論、大樹公家には非常時の解決手段として、独裁権限を持つ者を据える場合がある。例えばこの三月に難にわれた彦根中将様のように。


 残念であるが現在。会津は手元不如意で本腰を入れられず、壬生は強制権を持たない。勿論今のわしらに新選組についての決定権はない。それでこの様なもどかしい事態と為っているのだ。


 そして、当の新撰組はと言うと。

 水府派は「京の者に忖度そんたくして切腹させられては敵わん。怪しきは斬る」と言い。

 試衛派は「勝手を行う者が居なくなり、恐れを成した賊が鎮まって居るのだから問題は無い」と言う。


 確かに新撰組の威で今の所、京師は上手く収まって居る。

 しかし忘れてはならない。今この時も、厄介事が刻一刻と近づきつつあったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る