襲撃者

●襲撃者


 光ったと思ったら遅れて轟く雷鳴の如く、飛び出した春風はるかぜ殿を春輔しゅんすけ殿が追いかける。


狂介きょうすけ殿も頼みます」


 おんぶの手を解き、下に降りたわしは命じた。


「自分には姫様の警護が……」


く行きなさい。私ならば大丈夫です」


 腰から躾刀の木刀を抜き、左打者のように構えた。


「そう言えば、女だてらにやっとうを嗜んでおられるのでしたな」


 構えを見た狂介殿は、


「では参ります。万が一の時は、たおす事よりも御身の護りに徹して下さい。

 さすれば本気の手練れを相手にしても、自分らが戻るまでを凌げましょう」


 御免と駆けだす狂介殿を見送り、わしもゆっくりと後を追う。



 その時だった。


「ご上意! 大次郎覚悟!」


 唐丸籠の後方、こちらから見れば川上に位置する人の背丈ほどもあるやぶの繁みから。

 翔ぶが如くに数人の侍が飛び出したのは。


 太刀ほどに切り詰めた手槍が一人。抜刀する者が五人。

 各々が白刃を煌めかせ雄叫び上げて吶喊とっかんする。


 槍を右前半身に構え唐丸籠とうまるかごに突っ込んで来る者達に、護送の役人は割り込んだ。

 恐らくやわらの心得があるのだろう。役人は入り身に槍脇に潜り込み、手首から当たる手刀で槍の柄を打ち払い、右袖を引き付けると肩で脇を押し上げて浮かせ、転ぶように投げ飛ばす。

 今ので確実に右肩が外れた筈だ。


「何が上意だ。不埒ふらち者め。我らはご公儀の者なるぞ。

 護れ! 賊に罪人を殺される不首尾など、我らが皺腹だけでは済まされん」


 今の動きから、襲撃者が唐丸籠の中の者を刺し殺そうとしていたのは明白。忽ち駕籠掻きは逃げ散り、二人の役人のみが籠を護る形になった。


「春風殿! 三倍では持ちません」


 師匠を奪い返す積りで駆け出した春風殿であったが。唐丸籠で身動きの取れない師匠が襲われたのである。

 青網の中は施錠された籠である。槍を喰らえば一溜りもない。



「くぅー! 是非も無い! 役人殿にお味方をする!」


 わしの声に瞬時に気持ちを切り替えた春風殿は、抜き放った大刀を地面を擦るように引っ提げて走り込んで行く。続いて春輔殿も狂介殿も、同じく加勢の名乗りを上げて加わった。

 これで、肩を外された者を除き、数的には五分の戦い。

 敵の腕前は不明だ。しかし、面と向かって真剣で切り結べば、多少の腕の差は消えてしまう。


 春風殿が駆け込み様に、地摺りの無構えから繰り出す切り上げの切っ先を、敵は鍔元で受け流し外に払う。


 春輔殿は面を脅かして逆胴に切りつけた。しかし、剣道でもそうだが逆胴は決まり難い技である。

 なぜならば、武士は左腰に刀を差す。つまり心得があれば残る鞘や脇差で刃を防ぐことが出来るのだ。


「うへっ」


「しっかりしろ!」


 腰で受けて春輔殿に切り付けて来る刃を狂介殿が石突で逸らす。

 その隙をついて迫る刃を、狂介殿は穂先の根元の太刀打ちで凌ぐ。


 どちらも決め手を欠いたまま、斬り合いは続く。そして、とうとう均衡が崩れた。

 浅手だが、護送の役人の一人が手傷を負ったのだ。

 拙い。このままでは……。



 わしも戦いに加わろうとした時、


「来るな! 足手纏いだ!」


 狂介殿が叫んだ。

 確かに、普通に考えれば躾刀しつけがたなのわしが加わった所で知れている。と思うのが筋だ。


 既に前世の感覚は取り戻し、身に付けた剣術も今の身体に馴染ませた。

 しかし、今のわしにあいつら如きに遅れを取る積りは無いが、彼らはわしの腕前は知らない。

 精々がやっとうも真似事をしている。と言った認識の筈だ。

 つまりわしが戦いに加わると、わしの腕が立つ立たぬ以前の問題で、役目上あの三人の負担が増えてしまうのだ。


 どうする? わしは近づきながら考えを巡らす。



 この時、わしは油断し過ぎていたのかも知れない。

 まるで考えていなかった。よもやわしを標的とした奴らが存在すると言う事を。


 その時、じりじりと焦げ付いたような匂いを感じた。

 そちらの方に目を遣ると、襲撃者が飛び出して来た所から二尺離れた離れた木の枝影がキラリと光った。


 いかん! と思うほども無く。パン! と豆を炒るような音。

 次の瞬間。虚空を摩した弾丸が、わしの左胸に吸い込まれた。



「姫ぇ!」


 強い衝撃を受け、時が止まったわしの耳に、遠くで呼ばわる春風殿の声が聞えた。

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