二つの道理

●二つの道理


 新撰組しんせんぐみ屯所とんしょである壬生みぶ寺に、旅姿の侍が訪れた。

土州としゅう山之内家々中・谷申太郎たに・こうたろうと申す。芹沢殿はおいでか?」

 暫くして迎えに現れた芹沢鴨せりざわ・かもは、懐かしそうに、

「甲太郎。大ぎぐなったな。達者が」

嗣次けいじ兄様あにさまもご息災でなによりや」

 二人は旧知の仲らしい。


「殿さんから、これを預かって来た」

「ほう? それでなんど」

「『嗣次あに大樹公たいじゅこう直臣目出度めでとう。些少だが祝いじゃ』との話や。

 けんど兄様。噂は聞いたけんど、あんまり無茶をなさるな」

 取り出したるは切り餅七つ。百五十両もの大金である。

てる殿には申し訳ねえが。それは無理だ。

 同じ南屋敷の子でもわしは庶子。他家に出されだ身じゃ。国主になった祝いどごろが、わしが家宝譲られる始末。

 此度こだび身立みたでっぺど募集に応じだが壬生みぶも会津も金が無えので困った。

 壬生会津どお札に書いで貼りづげだら、真新まあだらしい鉄瓶てづびんで沸がしたお湯も美味うまぐなるど思うぐらいだ」

 新品の鉄瓶で沸かしたお湯も金気が飛んで美味しくなると思うくらいだと、芹沢はひょうげた。


 そして直ぐ様切り餅の一つを解き、

「新見! 酒ど魚買ってい」

 と自派の者を呼び付けた。

「兄様」

 と谷は窘めるが、芹沢は首を振り。

「今の新撰組しんせんぐみは、渡世どせい壮士そうしど変わらん。飲ませ食わせ、小遣い出して。いざど言うどぎは身体張って護って遣らなぐぢゃ言うごど聞かん。

 そーた事より。折角せっかぐ来でくれだんだ。土州育ぢならば甲太郎も行げるクチだっぺ」

 と酒盛りの用意を始めさせる。

 そんな処へ、

「芹沢殿」

 額に縦皺を創った島崎勇しまざき・いさみが尻を持ち込んだ。



「武士とは定められた禄に合わせて世過ぎすべきもの。金策は感心しませんぞ」

 正式な武士では無かった島崎は、殊更武士としての生き方に拘る癖がある。古き良き時代の武士を範としている。

「おめはかでえな。もう少し融通が利がせだ方が良い」

 一方、芹沢の方は良くも悪くも当世の武士。世間一般には彼の考え方の方が主流だ。


「兄様。わしのせいで諍いを起こす訳には行かん。これでお暇させて頂く」

 谷は島崎に一礼すると草鞋を解く間も無く、壬生寺を辞す。


「島崎……」

 遠方からの来客を追い返す形になった島崎を、芹沢は睨みつけた。そして、

「神君の頃の武士などもう古い。そーたんでは、人は付いでねえぞ。

 弓の弦も、張り詰めでばがしではだねえもんだ。直ぐに切れで使い物にならなぐなる。

 武士はいざど言う時役に立でば良いのだ」

 と言い捨てて背を向ける。立ち去るその背に島崎が、

「お手前らの勝手金策は、勤皇の賊とどう違われる」

 と言葉を放り投げると、

「わしらには洗い替えもねえではねえが。

 そーたに言うなら。おめらは褌一丁に刀下げで、見回れば良い。

 さぞや会津や壬生の顔が潰れ、大樹たいじゅのご威信が落ぢるにぢがいねえ」

 そんなに言うなら洗濯した日は裸で見回りをすれば良かろうと芹沢は毒づく。

 必要な経費も渡さず、そんなみっともない格好をさせている会津や壬生の面目は丸潰れで、大樹公様の威信が地に落ちるだろうと。

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