マキョウ
●マキョウ
屋敷に戻り、陣羽織と袴を外す。
「姫さん。遅かったな」
「突然の話ですが。近々、旅に出ることに成りました。宣振、供をしなさい」
「は? 話が全く見えんのじゃがのぅ」
そりゃそうだ。わしも駄目元で口にしたことが右から左に通るなどとは思ってもみなかったからな。
あれは今すぐの話ではなく、将来旅を許して貰う為の布石の積りだったのだが……。
「戯れで、大樹公のお城が見たい。兄上様にお目に掛かりたいと申した所。あっさりと通ってしまいました。
行きは良いのですが、ご府中は入り鉄砲に出女ゆえ、帰りの為に忍び旅をせねばなりません。
仮の身分として、
山内家は先祖を辿れば土佐守様と同じ流れの一族です」
「同じ流れと仰られてもなぁ。武田信玄と安国寺恵瓊以上に血は薄いぞ。
それに殿さんは、ご公儀より謹慎を命ぜられておってな。会えんとは思うぞ」
宣振にネタを先読みされた。
暫く宣振と話を詰めて居ると、
「姫様。このお鏡は……」
袴と陣羽織を片づけさせていたあちゃが、白銅の鏡を持って来た。
「どうかしましたか?」
「はい。日に当てるとこの通り、壁に文字を映すのでございます。
それにこの文字ですが、あちゃには見覚えがあります」
あちゃが鏡で光を当てると、そこに文字が浮かび上がった。
────
やくはらふ わらはや をみな をのこらや
たつねきたまへ さかしまの道
医補補五 南神青綾 白金仏桑 鶏五医我
我剣七七 琴小巨由 石密天栴 石金作府
金別近須 滝熊東西 清熊医海 菅源一稲
平赤蹉藤 独医本高 八五百摩 法竹竜宝
室医白舎 霊橋母瑠 光法盛大 摩金得正
普光温無 黒亀日竺
────
経文でも無い。何か暗号の様なものかも知れない。
うーむ、謎だ。
「誰の字か判るのですか?」
「はい。以前、前田の姫様にお目通りした際。前田家に伝わる
この『道』と言う文字、そこに貼られた弘法様のご真筆『無道人之短』のお跡そのままにございます。
何ぞ、由緒のあるものなのでしょうか?」
「弘法大師?」
もやもやとした思いが胸に籠るが。まあ良い。考えても
「それはそれとして、あちゃ。父上の計らいで、早ければ明日にでも旅に出ます」
「なんと。それはまた急なことで。殿様のお下知にございますか?」
「そんな所です。内々に父上の手紙を兄上の許に届けます。
供は宣振と今一人。父上が私に付けてくれるそうですよ。
因みに手紙は、宣振の笠に編み込んで運ぶこととなりました」
「何故、姫様が行かねばならないのですか?
途中の京などは魔境と化して、
姫様が行かれるならば、あちゃも付いて参ります」
あちゃは、親父殿の許に怒鳴り込みに行かんばかりの形相だ。
「京に異人はいないと聞きますが……」
と宥めに掛かると、
「あちゃが端折り過ぎました。
ご府中に押し掛けた夷狄のせいで、京では意見の異なる者同士が殺し合いをしているそうでございます」
兎に角、危険なのだとあちゃは言う。
「では、京へは立ち寄らず過ぎ越すことに致します」
参ったな。わしから頼んだとは言い難い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます