黒船を打ち払え
●黒船を打ち払え
勝てる。この報せを
わしと
「おのおのがた抜かりなく。決して
船の大砲は船と戦う事を前提に作られており、こんな高台を狙うことは出来ません」
袴履きのわしは、父に授けられた陣羽織を纏い采を握って呼ばわった。
わしの背丈が足りぬため、ぶかぶかの陣羽織がワンピースの出来損ないになって居る。
どうしてこうなった?
手紙で大砲の弾が届くとの算段を告げると、すぐさま父は、
「お城山の上まで、弾は飛んで来ないのだな?
ならば駄目で元々。
と、わしの進言を容れたのだ。
重臣達は流石に十歳の子供の意見を採用することに難色を示したが、さりとて他に妙案も無く。
結局父に従った。
但し、他国者でわしの
そこでわしが父の名代として、大将を務める事に為ったと言う訳だ。
ジグザグに地面を掘って二線の塹壕を作り。掘った土を俵に詰めて土俵にする。
その土俵を詰んで板を噛ませ、砲車から外した大砲の尻を壕の中に据えた。
砲口に仰角を測る計測器を差し込み、金槌で叩いて大砲の角度を慎重に合わせて行く。
計測器の仕組みは至極簡単。棒に付けた分度器に、分銅を着けた糸を垂らした物だ。
布団に水を染み込ませ、掃除棒の先綿を湿らせる。
少しでも効果を高める為、砲丸を火で焼いて赤くする。当たった時に船火事を起こさせるためだ。
火薬の上から籾殻を詰め、焼き玉で暴発しないように図る。
こうして一時の間には準備万端整った。
「合図を」
浜から見えるよう、赤い旗が掲げられる。
ドーン! 未だ無事だった大砲が火を噴いた。
ばっと黒船の遥か手前に上がる小さな水柱。水平撃ちで更に短い射程だから仕方ない。
黒船は悠々と浜の方に向かって来る。もう射程は見切ったとばかり無警戒に近付いて来る。
「まだじゃ! まだまだ。もう少し引き付けるんじゃ。始めは一門のみ使うぞ」
気を急く藩兵に宣振は言う。
一瞬藩兵の目に、宣振への反発の彩が浮かんだが、
「きっちりと後ろに飛ばして、黒船の心肝を寒からしめるのだ!」
女子供でも藩主の娘であるわしは、殿様の名代でこの場の大将。だから肚では文句を垂れようと、下知に従わねば為らない。
そしてわしの側用人に当たるのが、彼らが見下す宣振なのだ。
「てぇ!」
紐が引かれ大砲が発射される。辺りは噴き出した白煙で、真っ白になる。
「濡れ布団。冷やせ!」
宣振が号令すると、熱くなった砲身に濡れ布団が被せられた。
しゅうしゅうと音を立てて湯気が立ち上る。
湯気の白さと白煙の白さ。視界確保が難しいほど立ち込めている。
「砲口掃除! 急げ」
薄れた煙を通して見る着弾は、目視で
「良し! 黒船の向うに落ちました。手前に修正して下さい」
わしは宣振に伝達する。
「玉薬変わらず。右に二度。仰角五十五度に変更」
複雑な弾道計算を、手早く計算尺で割り出す宣振。
火薬に続いて籾殻が入れられ、その上から焼いた砲丸が込められる。
「てぇ!」
腹に響く音。またしても白煙が辺りを包む。
藩兵達は宣振の号令のままに、濡れ布団・掃除の手順を経て観測を待つ。
「着弾。手前
「よーし。捉えたぞ。修正。仰角五十四度半。左右、玉薬変わらず。全砲斉射じゃ!」
命中弾は二度目の斉射。焼き玉は船に火災を生じ、黒煙が上がった。
もしも相手が帆船だったら、これで仕舞いだったであろう。
命辛々
手際の良さを見る限り、宣振は使える砲兵士官のようだ。
「姫さん。さっき壕を掘る時出て来た物じゃが」
宣振はわしに銀色の、掌サイズの丸い板を渡す。
「錆ていない所を見ますと、白銅にございましょうか?」
裏に何やら文字がある。
和歌の様なものと漢字の羅列で八十八字。
「何ですかこれは?」
何やら曰く付きの代物のようだ。
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