貰った褒美

●貰った褒美


 怒涛の様な藩兵達の歓声と共に、遠くなって行く船の影。

 ともあれ黒船は追い払った。


 見張りを残し意気揚々と山を下ると、


「お父上様がお呼びです」


 藩庁より迎えが参って居った。



「姫様。大事無いでございましょうか?」


 勝利の熱が醒めて、追い払ったは良いが報復を危惧する連中が不安を口にする。


「大事はありません。碌な交渉もせず、あのような乱暴な遣り方で仕掛けて来たのです。

 あれはたちの悪い海賊のたぐい。まかり間違っても外国とつくにの使者で有る筈がありません」


 そう説明したのだが。皆、意気地の無いことだ。



 確かにお城山より砲撃を加えると呆気ない程簡単に打ち払えたか、あれはこちらを侮って油断したからだ。

 浜より砲撃を仕掛けた面々は、散々な目に遭っている。なにせ、あちらの弾は届き、味方の弾が届かないのでは手の打ちようがないからである。

 まあそうだろう。長年発射の機会の無かった大砲である。

 大砲を発射する手順までは訓練していても、それでは発射するのがやっとの事。

 どう狙えば良いか。どう当てればよいかなど、知っている者は少ない。



さちか。近う」


 広間の敷居の前で一度正座し、頭を下げるわしに声が掛けられた。


 こうした評定ひょうじょうのようなおおやけの場では、親子といえども君臣の別を正さねばならない。継嗣ならいざ知らず、こちらはお手付きの子なのだから。

 膝行しっこうして少しばかりにじり寄り、再び頭を下げる。


「何を他人行儀なことをしておるのだ。町家に住まわせているとは言え、そちは我が娘なのだぞ」


 そう言われても、困ってしまう。


 わしが様子を伺って居ると、業を煮やしたのかとうとう父は、


まさ!」


 と声を発した。


さちをここまで連れて参れ」


 重臣の中でも上位に居るとみられる、かなり上座にいる四十路近い男に命じたのだ。



「姫様。どうぞこちらへ」


 こうまでされては是非も無い。手を伸ばせば父まで届くほど間近に連れて来られた。


「信賞必罰は武門のならい。幸に褒美を取らせることと相成った。

 幸の子に相続は出来ないが、新たに化粧けわい料として百石を与える」


 大丈夫なのか親父殿。知行百石と言えば上士の禄高に相当する筈だ。


 まさと呼ばれた男が、後を続け説明する。

「知行相当でございますれば。定免じょうめん三つ成三分みつなりさんぶ

 つまり藩より毎年玄米で徳米とくまい三十五石が渡されます。

 うち五石を食い扶持として三十石を銭にすれば、多少の変動はあるとしても。

 ……そうですな。二十二両二分と言ったところでしょうか。

 それに加えて年に二度、村よりそれなりの夫役銭ぶやくせんが参ります」


「遠慮するでない。そなたに辞退などされては、今後の褒賞に支障が出る。

 それに今までは子供ゆえ、はしたで済んでおったが。これからは色々と入用となる。

 元々何れ増やせねば為らぬものであったのだ。それを己の手柄で手にしたのだから、胸を張るが良い」


 褒美をやったと言う体裁は、予定通りの増額に対するとても丁度良い口実だったのだろう。

 家臣に対し、手柄を立てれば褒章がある事をひろめる意味も大きい。


「先ずは、幸が自ら選び取った新しい家来に、十分に報いて遣るが良い。

 余も報告を受けたが。まさかあれほどの男を、子供の小遣い半分では繋ぎ止めておけんだろう。

 土州どしゅう殿への根回しは、余がやって置く。幸は家来の心を盗れ。良いな」


 親父殿は、藩主としてわしに命を下した。

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