御前出入り5

●御前出入り5


 その時だった。

 シュン! 虚空をして鋭い矢叫び。

 敵は尻手しって(右手)に矢を受けて槍を落とし、シュシュンと唸る二の矢三矢を次々と身に浴びた。

 征矢そやであれば、紛う事無く痛矢串いたやぐし。とは言え、追物に使う神頭じんとう矢だ。決して刺さることは無い。


 しかしそれを、脚と背筋で引くこのクロスボゥの張力は二十二貫(八十キロ強)。和弓であれば三人張りに相当し、立派に強弓の部類に入る代物だ。その威力はと言えば、下手な征矢そやだと鎧に当れば鏃が砕け散ってしまう程なのである。

 当然こんな物を喰らえば、容易く身体の動きは止まってしまうのも解るだろう。


 シュン! シュン! シュン! シュン!

 なんと。これは矢継ぎ早どころの話ではない。機関銃のように飛来する矢の嵐。

 侵略すること火の如しを体現する様な攻撃に、三つ数える程も無い間に管槍くだやりの男は昏倒し、もう戦えなくなった。



「見事……。視たか掃部かもんあの娘!

 まるで水滸伝は天功星てんこうせい浪子ろうし燕青えんせいの如きの腕前ではないか」

「当に。炎の如き働きかと」

 大樹公たいじゅこう様の感嘆に相槌を打つ深紅の鎧武者。

 赤備えの誰かから漏れた

「炎の如き天功星……」

 その一句が静かに辺りに広がって行く。



「我ら狙撃隊。管槍使いを討ち取ったりぃ~!」

 名乗りを上げるあき殿に、

「「「「わぁぁぁぁぁぁ!」」」」

 上がる歓声が友軍の士気を天に衝かせる。

 今の手柄はチームプレイの賜物だ。

 大量のクロスボゥ。そして一番狙撃の上手い信殿に効率よく手渡して行った狙撃犯の手並が成した業であった。


 こうして士気旺盛に天を衝く味方とは反対に、押し気味だった敵軍の士気はがた落ちだ。ここで流れは押し留められた。

 数をもって押しひしごうとした敵の攻勢はここで止まり、闘いは膠着状態に持ち込まれたのだ。



「掃部。これで赤軍の攻めは頓挫とんざ致したか?」

「御意。されどいまを越すに及ばず。詰めを誤まれば、再び流れが変わり申す。まだまだ予断は許しませぬぞ」

 大樹公様のご下問に彦根中将殿は首を振る。


「騎馬が動かぬな」

「機を伺っておるのでしょう。騎馬が動く時は勝利を決する時。そして落ち武者を刈る時にございますれば」

「未だ時にあらずか」

「御意」



 ピピィーピー ピーピピッピッ、ピピピピーピピピーーー。


 疲れの溜まった歩兵隊と入れ替わる様に、入って来たのは、


「清水一家。参上!」

 夜泣きする腕をしていた清水の次郎長。


 それを見て、

「えい加減からげん待ち草臥くたびれたぞ。

 やっと出て来やがったな清水の」

 後方から大声で呼ばわるのは赤軍大将の祐天ゆうてん


「へっ。こんだけ世間を騒がしといて、長いなぎゃー草鞋を履かずに済ませるにゃ。

 この喧嘩、遺恨なしで終わらせなけりゃならにゃーだ。

 なんてったって、おみゃーは三人力の祐天様よ。このくりゃー疲れてくれにゃーと、手加減なんて出来やしにゃー」

 軽口を叩きながら挑発する次郎長に、

「清水の。うんと俺を買ってくれたものだ……て、言いてえが。

 おいおい。ほんねん自惚うぬぼれちょし。

 おまんと俺では星目の差だ。こんくれーで、勝てるとは思っちょし」

 自惚れてはいけない。このくらいで勝てるとは思うなよ。そう凄む祐天ゆうてん


 ここに至り、そもそもの喧嘩相手が顔を合わせた。



 渡世人の喧嘩は膂力と度胸と勢いが肝心。火の着く程の意気旺盛。そこから足を止めて戦う事、一刻。

 流石に流石に双方に、鳥黐とりもちのような疲れが溜まって来た頃。


「騎馬隊続けぇ~!」

 機と見た奈津なつ殿が弓のはずを大きく回す。

 隊長を入れても僅か三騎だが、これは相手には無い兵科。それが重藤の弓を番えて、駆歩くほで川筋まで突出する。そして横手から、

「うわぁぁぁぁぁ!」

 鯨波ときを上げて天地鳴らす嵐の如く、殆ど襲歩しゅうほで攻め掛かった。

 当に流鏑馬の術で。弓矢を放つ三騎の乙女が、行く手をこぼち焼き掃う戦乙女の騎行の如く、赤軍の勇士達を蹴散らして行く。

 駆け抜け来たり、また来たり。あたかも前世は高架前の国電が、右に左に擦れ違いまくるような早業で。

 威力はそう、虫を壁に押し潰すような無慈悲の極み。


「あれは誰だ!」

 見事な馬術と弓のわざに、大樹公様が鞭を向けて呼ばわった。

「誰だ!」

 猶も問うその声が聞えたのか、

「僕だ! 壬生みぶ藩ご府中ふちゅう家老・鳥居志摩とりい・しまむすめ。奈津だよ!」

 奈津殿が弓弭ゆみはずで大きく円を描いて名乗りを上げた時、膠着状態からの騎馬隊の突撃で、赤軍は完全にさんを乱されていた。


 そして、それでも崩れず戦っていた、赤軍大将・祐天ゆうてんの後ろから、

「山本祐天! 御親兵差配並びに指南役・登茂恵ともえ様が郎党、岡田宣振まさのぶ参上!」

 名乗りを上げて襲い掛かった。


「あ……」

 一触に斬るとは当にこの事。

 わしが気の無い声を上げた時には、祐天は脂汗を滲ませて蹲っていた。


「安心せい。峰打ちちや」

 言うが、敢えて使った木刀に、刃も峰もあるものか。痛い思いは全く変わる筈が無い。


 カンカンカン! カンカンカン! カンカンカンカンカンカンカンカン!


 かね分倍河原ぶばいがわらに鳴り響いた。

 それはさながら。力道山の空手チョップを喉に浴びて膝を付き、とことんまでに蹴りまくられるレスラーや、馬場の三十二文ミサイルキックを鳩尾に喰らって場外に突き飛ばされたレスラーを、庇うが如く打ち鳴らされる試合終了のゴングのようであった。



 こうして雌雄は決したのだが。


「登茂恵様。ほれは本当け? 俺には阿片でもやってるとしか思えん」

 わしの話を天祐殿は訝しんだ。

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