第三章 健軍の建白

八島の護り如何ならん

八島やしまの護り如何ならん


彦根ひこね中将ちゅうじょう。如何した?」


 大樹公様が発言を許すと、丸に橘の紋の男は威儀を正し、


「おおそれながら上様。入り鉄砲に出女でおんなの禁は祖法そほうにございます」


 と、家臣を代表して言った。しかし当の大樹公様は即座に良いと断じ、


「猫の仔か虎のかは知らぬが、登茂恵ともえ法度はっとの鎖で縛り付けられる者では無い。

 こ奴の為人ひととなりるに、錠前は外より寧ろ内に掛けた方が役立つと見た」


 そう前振りして、


「先ず入り鉄砲だが、剣付鉄砲は弾を込めねば変わった槍に過ぎぬではないか。

 但し隠す事は相成らん。堂々と持たせよ。


 次に出女であるが、登茂恵は大名の子ながら市井生まれの市井育ちと聞く。

 既に江権中将には世子がおり、むすめゆえ間違っても江家こうけ家督かとくに関わる筈もない。質として何程の価値が有ろう。

 いや寧ろ、登茂恵が予に臣従を望むのであればご恩を施し奉公を求める方がい」


 と彦根中将様を諭した。


 そしてわしに、


「登茂恵に尋ねる。八島の護りはどうあるべきか?」


 と下問された。



「そもそも兵法ひょうほうとは一人の武にあらず。大将として兵士つわもの共を率いるわざでもあろう。

 故に兵法にてわれに仕えることに為った、登茂恵に尋ねるのじゃ。

 何を言っても咎めぬ故、有体に申せ」


「上様には、私に兵を預ける事もあり得る。とのお考えにございまするか?」


「時の流れはとどめられぬ。

 権現様の頃は、南蛮人・紅毛こうもう人の全てを合わせたよりも鉄砲を持ち、それであたを打ち払う事が出来た。

 されど八島に入る蛮書には、我らが太平の夢にある内も、羶血せんけつやからは戦国の世を続けたと書かれておると聞く。


 世の博士はしがらみがあり、礼を重んじるばかりにまことを幾重もの袱紗ふくさに包みがちじゃ。

 大樹公たる者、天下を癒す上医たれとの権現様のご遺名を拝すも。われには到底、糸脈で病を見破る事など能わぬ。


 故に譜代・抱え者を問わず、表裏無き直言を求めておるのじゃ。

 登茂恵よ。そちはわれを、桃李とうりの言すら聴かぬ暗愚と思うか」



 累代の家臣も一代限りに召し抱えた者も関係なく智慧を求めている。

 そして大樹公様より、桃李すなわち自分が取り立てた者を蔑ろにする積りはない。との言質を貰った。



「ならばご台命たいめいけ。申し上げ奉ります」


 わしは居並ぶ重臣達に向けて、これは大樹公様の命令であると言い放つ。


――――

二葉ふたばこもる 栴檀せんだん

 薫りは今も 語り草

 三歳みとせの頃に筆をりて

 書いたる文字は天下一♪


(新井白石 著作権消滅

 詞:石原和三郎/曲:田村虎蔵)

――――


 前世の尋常科で習った歌をひとくさり歌う。


「聞き慣れぬが、漢詩の如き起承転結の節とは面白い」


 確かに唱歌には、朧月夜・春の小川・村の鍛冶屋・富士山・村祭りなど歌詞も曲も起承転結の物が多い。


「メリケンの歌の様でもありますな」


 勿論、邦楽ではなく西洋音楽だ。


 わしのうたいは興味を引いたらしい。そんな中、わしは静かに語りを続ける。



「かの碩学せきがく・新井筑後守えちごのかみ様は、三歳の頃に天下一としたためられたそうにございまする。

 面白い事に、メリケン国にも似たような話が御座います」



 ここで一旦間を置き、視線だけで辺りを伺う。何を語るのかという顔をしているお歴々。

 掴みは悪くない。



「メリケンには、僅か三つで熊退治。そう歌われるデービー・クロケットと申す武人がおりました。


 お伽噺の金太郎ではあるまいに。上様にはそう思われるかもしれませぬ。

 しかしこれは物語ではなく真の話にて、彼が寡兵を以て一国相手の戦で討ち死を遂げたのは僅か二十年余り前の事にございます。


 僅か三つで熊退治。これを成し得たのは、ひとえに鉄砲の威力ちから

 乳を飲み、襁褓むつきの取れぬよちよち歩きの童子とて、鉄砲を使えば獰猛な熊をも討ち取る事が出来るからにございます。


 お察しの通り。三歳の童子に出来る事は、農民町民にも出来る事。弾に当たれば万夫不当の豪傑とて簡単に死にまする。


 兵士つわものどもの押し並べて鉄砲を備える異国と戦うには、こちらも鉄砲を揃えねばなりませぬ。

 最後のけつこそ白刃が役に立つとも、そこに達するまでに火砲ほづつや鉄砲の力を欠くことは出来ませぬ。


 戦国の世に織田の三間さんげん槍が他家の二間半の槍を制したように、鉄砲には鉄砲を以て、火砲には火砲を以て当たらねばならぬのでございます。


 また、鉄砲や火砲を買い揃えば敵うと思えばさにあらず。

 敵は烈士満れじまんを組み。大将が倒れても副将と定められた序列によって指揮を引継ぎ、足軽ばかりに成っても戦いを続ける兵士つわもの達にございます。

 大将一人たおれればそこで負け戦の我らでは、到底太刀打ちできませぬ」


 戦いの組織その物を改める必要をわしは説いた。

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