遺恨の悪戯3

●遺恨の悪戯3


登茂恵ともえ殿! 隊士が土州者に絡まれております」

 御親兵ごしんぺい隊士から報告を受ける。急を本陣である永福寺えいふくじに告げたのは、寺の檀家の農民であった。


「すれ違う時に肩がぶつかったと絡んで来たうたん(酔っ払い)は、皆お小姓組の跡継ぎ様で、登茂恵様のご配下様を連れ去ろうとしちゅー。

 女でのうとも、二人と四人では……」

 今日は休暇で私服外出の二人であった。当然、懐剣程度の物しか携えていない筈だ。

「どこにございますか? 案内しなさい」

 わしは一小隊を連れて現場に赴く。舟運の便と水害対策に創られた水路の為、遠回りをしなければならないのはもどかしいが。場所は直線距離ではそう遠くない。

「移動しながら弾を込めなさい」

 わしは引き連れた隊士達に命じた。


「新しい早号は使い良いですね。駆け足しながら弾込めが叶います」

 訓練の賜物とは言え、隊士達は小走りに駆けながら弾込めをしている。

「工業規格のお陰にございますな」

 銃口を見ないで装填出来るのには訳があった。



 隊士である彼女達の銃は、先込め式ではあるもののご府中の職人が作った純然たる八島やしまの国産製品。

 まだ中ぐり盤は作れていない為、反射炉で作られた洋式鉄を使った巻張まきばり製法の品である。

 しかし、定められたばかりの工業規格に基づいて製造されている為、量産と共食い整備に優れた銃であった。

 だから当然、同じ規格で作られた早合はやごうの内径が、どんな銃にもピタリと収まる。


 これにより、従来よりは装填時間を短縮出来た。しかしまだ。銃口に早号を差し込み槊杖かるかで押し込み付き固め、火縄銃の火皿に当たる部分に火薬と雷管をセットして撃つと言う、わしからするとまどろっこしい手順を踏まねば為らない。


 わしも叶う事なら、一足飛びに全て連発銃で揃えたい。とは言え連発銃は、実用に足る物を作れ品質の安定した弾の製造は可能なものの、銃も弾も未だ匠の業に頼り切っている有様。平たく言えば、製造時間と単価が嵩んでしまうのだ。

 この為。一部の精鋭にしか使わせることが出来ない兵器となって居る。



「あ、あそこや!」

 案内の農民が指差した。水路を隔てた向こう。五、六けん(十メートル程)向うのつつみの上。私服姿で一見町娘のような御親兵の女隊士が二人。向かい合うのはこの前の出歯亀でばがめ共。

 どうやら堤の上まで追い詰められてしまったようだ。


 堤は高地市街側の方が高い為、上に立つ人々の姿は丸見えとなっている。更に直線距離が近い為、騒がしいあちらの遣り取りが丸解りであった。


 その時。欲望に忠実過ぎる奴らと隊士との間に割って入る若侍が居た。

「この人達は才谷屋さいたにやの客人や。この通りやき、許いとーせ」

 この通りだから許して下さいと土下座した。あの声は紛う事無く忠次郎ちゅうじろう殿だ。


 郷士といえども立派な武士。それが地べたに額付ゆかづきて詫びている。

 それなのに、

「ふん。郷士風情が何様の積りやか」

「われがせいで、東洋先生よりお叱りを受けてしもうた。

 わしらの推挙も当分無うなってしもうたんやき、われには償うて貰わんとならんのじゃよ」

「だから、女をこちらに渡せ」

 会話を聞いているだけで判る下衆げす。呆れるほどのくず。芝居か映画に出て来るような遣られ役のような手合いがそこに居た。


 おいおい。見た目で只の町娘と侮っているようだが、それはわしの部下なのだ。他所の土地なのでだ大人しくしているが、侮れば咽喉首を食い破る牙を持って居るのだぞ。

 そもそも引き渡せと言われても、御親兵と無関係な忠次郎殿には何の権限も無い。


 お馬鹿さんの上士は、土下座して必死に詫びの一手の忠次郎殿を足蹴にする。

 それを見て、プツンとわしの中で何かが切れた。

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