遺恨の悪戯2

●遺恨の悪戯2


「何事やか!」

 叫びつつ、咄嗟に声の方に駆けだす忠次郎ちゅうじろう殿。それを

「お待ち下さい。私が参ります」

 と手で制してわしは追い越す。


 悲鳴は汗を拭いに行った方からだ。

「あ!」

 忠次郎殿は気付き、

「登茂恵殿、頼む」

 そう。つまり……そう言う事だ。


 走りながら。わしは落とし差しの軍刀を抜き打ち用に直した。そして普通の刀ならば鯉口を切るに当たる、柄の駐爪ちゅうそうボタンを押す。

 平織ひらおりの紺の刀緒とうしょの房は茶と紺。これは前世に於いて、お国がわしに報いたほまれ故、わざわざこの色に仕立てたのだ。


 果たして、肌脱ぎになって汗を拭いていた女性隊士を庇う様に、まだ脱いでいない者が銃剣を構えて前に出ている。

 その撃鉄は上がっており、睨みつけるその先に……先日の山田殿の連れ達が居た。



「いやはや覗きとは、お里が知れるご趣味にございまする。

 女にちやほやされるに足る、顔も実力ちからも。口も心根の優しさも、銭も学も何も無し。

 光を見ずして帰泉きせんする、死産の子より幸薄き日々。

 まことに真に持たざる殿方のご心中、心よりお悔み申し上げます」

 わしが、修辞を尽くして下郎をくたさば。真夏の頭に湯気が立つ。


 飢えた獣のようにがっついて、女に対して下心を隠して取り繕うともしない男達。

 せめて身奇麗にすれば良いものを、垢の浮いた着流しで、卑下たわらいとオスのにおいを振り撒く手合い。

 モテてない・汚い・愛想も無い。そんな憐れむべき連中は、図星なだけに激怒した。


「ぐぬぬ」

 しかし、切歯扼腕せっしやくわん何事か言い返そうとはするものの、全く人間らしい言葉は出せぬ。

 なぜならば、今の彼らには拠って立つ正義の欠片もありはしないからだ。


 そして、切れて実力行使をしようにも分が悪い。騒ぎを聞き付け次々と集まって来た御親兵ごしんぺいの女隊士達が、彼らに銃剣付きの銃先つつさきを向けて居たからだ。



「この場の済まぬの一言で、無かったことに致します。如何に?」

 ここでわしは、覗き達が下らぬ自尊心以外何も失う物の無い謝罪を求めた。

 彼らの今までを見て、絶対に詫びぬであろうなと判った上で。

「さぁ。如何に」

 覗き共の額に汗が浮かんで流れるのが見えた。


 突き付けられた数十の銃先。

 これら撃鉄の上げられた銃に、果たして弾が込められているかどうかは神のみぞ知る。加えて全て銃剣が装着されていた。

 弾があればイチコロで、弾が無くとも数十の槍。逆上のぼせた頭の血が降りれば、試してみるには分の悪過ぎる賭けだ。


 まして、死んでほまれと成るならいざ知らず。女の裸を覗きに参って見つかり、くたされ逆切れした上での返り討ちでは、誰が見たって末代までの恥。親戚一同に迷惑を掛け、お家の存続さえ危うくする。


 だから、英字で縦書きにW・H・Yと書き連ねて見せただけで発情する様な猿共は、

「覚えちょけ!」

 如何にも小悪党らしい捨て台詞。それを残しきびすを返すのは自明の理。

 肩で風切る覗き達の去り際の歩みは、いっそ見事と誉むべきかな。


 身体を拭いていた者達が衣服を正したのを確認して、

「もう、殿方が参っても構いませんよ」

 わしは来るに来れなかった忠次郎殿を呼んだ。



「前日の上士達にございました。

 山田殿はお出で遊ばされませんでしたが、連れの者らに相違ございませぬ」

土州としゅうの者がご迷惑をお掛けす。そうろうへごやと思わざったわ!

 何も出来ざったわしがもどかしい」

 そこまでわるだと思わなかったと溢しながら頭を下げる忠次郎殿に、

「ご自分を責めないで下さいませ。

 相手は上士。郷士の忠次郎殿が何も出来無いのは当たり前にございます。

 ましてあの場に飛び出して居たら、忠次郎殿にも見られておりました」

 水を向けつつ笑いを取ると、

「見られても良かったのに……」

 と、拗ねた様に言い出す者や、

「忠次郎殿なら構わないよ。やまししい考えも持たないだろうしね」

 と口走る者が相継いだ。



「登茂恵。あいつらは仕掛けて来ると思うかい?」

 奈津なつ殿が聞いた。

「多分。そうでございましょう」

 わしの即答に、

「なんで?」

 奈津殿が軽い感じで聞いて来た。ふっと、わしは鼻で笑って説明する。

「ああ言うお馬鹿さんは、大したご身分でも無い癖に殊更ことさら己をたっとうとするからにございますよ」

「だよねぇ~」

 面倒臭そうに奈津殿は顔をしかめる。


 果たしてくだん破廉恥はれんち組が、恨みに思って仕掛けて来たのは。それから余り日を置かぬ時であった。


 破廉恥と言う言葉は、元来恥を恥とも思わないことを指す。

 しかし今世では、意味を書き換えたのはスカート捲りを流行らせたとある大先生のマンガでは無く、彼らを嚆矢としてくれよう。

 と、報せを訊いたわしの口の端がゆっくりと吊り上がった。

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