遺恨の悪戯1

●遺恨の悪戯1


 餡餅の到着に、一息入れに戻る永福寺えいふくじ

 その山門を潜ったや否や。

「才谷屋の小倅こせがれやか! 何しに来た?」

 温厚そうな住職殿が怒鳴り声をあげ、慌てて運んでいた南瓜かぼちゃを後ろに隠した。


ぼんさん。わしももう、大人やき。いまさらりこと(いたずら)なんてせんよ」

「判るものやか。未だにご門に小便引っ掛けちゅーのは知っちゅー」

「なんちゃあじゃない。あれはただの癖や。りこととは違うき」

「なお悪いがじゃ。ええ加減すな!」

「そがに(そんなに)怒ると、折角の修行がわや(台無し)になるよ。

 坊さんも今は住職やろう。ええ加減悟ったらええのに」

ね!」

「判った判った。わしは帰るき。坊さんも達者でな」

 風呂敷包みを草の上に置くと、龍馬殿はさっさと帰ってしまった。


「恥かしいものをお見せしたね」

「何かあったのでございますか?」

「やちもない(しょうもない)事やが。昔は散々やったき」

 溜息を吐く住職殿。深く聞いたら悪そうだ。


「あれ? 忠次郎ちゅうじろう殿は?」

 見ると、山門の外で少し年嵩の女隊士達に囲まれて狼狽していた。

「と、登茂恵ともえ殿ぉ!」

 顔を夕照ゆうしょうの、映えるが如くあかくして。



「余り、殿方を揶揄からかうものではありませぬ。

 我らは、本来ならば立ち入れぬ筈の山門に宿やどり致しておるのでございます。

 あまり風紀をみだしますと、寺から追い出されても知りませぬぞ」


 放置すると収まりが付きそうもないから、一応釘は刺しておこう。

 なぜならば忠次郎殿は年若く、女性に免疫の無い少年である。例えばトシ殿のような格好良い男と言うよりは、可愛い奴と表現する方が似つかわしい。平成の感覚で言うと年下の少年アイドルを推しにするような感じにも見える。

 そんな弟的な少年が、お姉様方に逆らえる訳など無いのだから。


「さぁ。お餅を頂いて寺に入りなさい。当番以外、交代で休みを取る様に」

「「「はい!」」」

 順次、用意しておいた手拭いを取り、汗を拭いに行く。


「はぁ~。助かった」

「忠次郎殿。災難でござしましたね。されど、女にちやほやされるのも男の甲斐性の内にございます。

 おあしらい下さいませ」

「それを言われるとも一言もない。

 やかましい女はようけおるけんど、ああ言うがは初めてながよにゃあ」


 初めてなんだよなぁと言われた。しかし前世の達摩屋だるまや(私娼を置いている宿)では、初心うぶな青少年を揶揄う女は少なく無かったし、アイドルの追っかけ連中はもっと凄かったような記憶がある。

 グループサウンズが大流行おおはやりした頃には、感極まって失神する者まで居たのだから、わしの眼には随分と穏当に見えるのだがな。


 つい生暖かい目で見るわしに、

「あいたぁらと比べれれば、登茂恵殿はそのお歳で落ち着いちょるね」

 と忠次郎殿は言う。

「そうでございますか?」

 とわしは流した。


 仕方なかろう。幾ら若い身体に引っ張られているとは言え、中味は百歳を超えた老爺である。


 例えば、学校の校舎を使って鬼ごっこをするような稚気溢れる高校生男子。

 そんな彼らでも小学生の女子から見れば、落ち着いた頼れる大人の男性に見えることだろう。


 例えば、母親から「宿題したの」と聞かれ「今遣ろうと思ってたのに」と拗ね、暗渠あんきょになって居ないドブ川が道路の下を潜る場所を探検したり、カマキリの卵を取って来るようなやんちゃな中学生男子。

 その程度の子供でも、幼稚園の女児から見たらとっても紳士な大人に見えてしまうものだ。


「不思議なものや。落ち着き過ぎちゅー為か、時々わしには登茂恵殿が爺様ぢんまに見える事があるんじゃ」

 忠次郎殿がそんな感想を漏らした時、

「きゃあー!」

 甲高い女の悲鳴が辺りに響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る