専ら力量を貴ぶべし

もっぱら力量をとうとぶべし


 魏武ぎぶとは三国志の曹操そうそうの事である。

 曹操は、どんな問題が有っても、才能が有れば必ず登用すると天下に公言し、ただ能力だけを求めた。

 人格的に難有るしちめんどくさい者だろうと、当時は人非人扱いされた道徳的行状にきずのある者であろうと問題にしなかった。


 曹操の敵・袁紹えんしょうに仕えた陳琳ちんりんが、

――――

 曹操は贅閹ぜいえん遺醜いしゅうにして、もとより令徳れいとく無く、

 漂狡鋒侠ひょうこうほうきょう、乱を好みわざわいを楽しむ。

――――

 と言う自分ばかりか父や祖父までくたしまくるげきを飛ばした時も、一言文句を言っただけで許したくらいだ。


 因みにぜいとは中国では禁忌きんきである異姓養子を意味し、えんとは当時政治を壟断していた宦官を示す。

 陳琳は曹操を指して、当時の常識では有り得べからざる背徳と、王朝にとって必要悪故に排除出来ない悪徳を掛け合わせた忌むべき存在だと決めつけたにも拘わらず、曹操は彼を重用した。



「魏武であるか……うーむ」


 唸り、それでも意を決して


「では何を成せば良い。苦しゅうない、存念を申せ」


 と、ご下問される大樹公たいじゅ様は。右から左にゆっくりと見渡しながら、こう言った。


「皆も聞け。良いか? 今よりこの場は、無礼御免。誰が何を申しても一切構い無しとする」


 ならばとわしも腹を括り、


卒爾そつじながら」


 と矢立をって建白を懐紙に書き付けた。

 世が変わり、しかも制度疲労を起こし硬直した大樹公家の制度では、恐らくは容れられないものであると知りながら。



――――

 難事なれど、しん胸裏きょうりに百万の兵。不日すぐいくさを整う荒療治有り。


 関東は大樹公家のご威令あまねく照らす地にしあれば、布衣ふいに武芸達者の者多し。

 上様手づから、新たに壮士そうしを募り、新たに組をえらぶべし。


 兵士つわものえらぶに当り、断じて寒門かんもん下衆げす下郎げろうを厭うべからず。無頼ぶらい匹夫ひっぷいえどこころざしを奪うべからざる事。


 かる上様の御親兵ごしんぺいにおいて。

 陪臣ばいしん雑卒ざっそつ御家人ごけにん草莽そうもうを問わず、同様にあい交じり、もっぱら力量をとうとびて、堅固の組を養うべし。


 また、メリケンにミニットマンなる地水師ちすいし兵士つわものこれ有り。

 右は土州としゅう一領具足いちりょうぐそくの如く、平生田畑を耕し、一朝いっちょうことあらば、直ちに鉄砲撃ちの兵として馳せ参じる者なり。

 これに倣いて、上様に忠義ある土地土地の草莽そうもうを取り立てて、新たに郷士の隊を創るべし。

――――



 つまりだ。


 難しい事だが、わしに荒療治だがすぐさま百万の軍隊を生み出す妙案があります。

 関東は直轄領が多く、庶民は大樹公様の民としての誇りがあり武芸を身に付けた者が沢山居ます。

 だから大樹公様が自ら兵を募り選別して新しく部隊を創設するのが宜しいでしょう。


 兵士を選ぶに当って、身分で除外してはいけません。大樹公様に忠節を尽くしたい者を取り立てるべきです。


 こうして創った親衛隊においては、出自を問わず能力だけを重視して、強い軍隊に仕立てましょう。


 また、アメリカにはミニットマンと言う、民の中に兵を隠した土佐の一領具足のような民兵がいます。

 これに倣って、あまり金を掛けずに非常時に集められる兵士を増やしましょう。


 と言う事だ。



 旧来の考えにある者達にとってわしの建白は、祖法である入り鉄砲の禁を冒したり身分の垣根をぶち壊したりする言語道断のもの。

 果たして大樹公様からも、


「そこまでやらねば駄目なのか?」


 との声が漏れた。


 わしは睨みつける彦根ひこね中将ちゅうじょう様に顔を向け、


「祖法は、大樹公家が天下の為に作られしもの。

 断じて祖法の為に、大樹公家が建てられたのではございませぬ」


 と言い放ち。


「聞けば、癸丑きちゅうの年。国難に対し恩顧の旗本八万騎に、若隠居して幼少の当主を立てる者これありと聞きました。

 先代様が旗本達をお召しになられたところ。三十路に届かぬ壮丁が、とおにも満たぬ嫡男に家督を譲り渡し、御前おんまえに参上つかまつったのは、急ぎ前髪を落とした七五三の童子などと言う家もあったとか。

 帳簿の上では兵足り得ても、訳も判らずまかりり越した童子をいくさに駆り出しては、武家の棟梁たる上様の面目が立ちませぬ。

 それよりは。腹這はらぼう虫のしずが身たれとも、上様への忠節これあらば翼を恵み、

 弓りて上様の御先みさきを行くはえを、太刀きて上様の馬前を護るほまれをお与え下さる方が宜しいかと愚考いたしまする」


 つまり、


 黒船が来た時、旗本達の中には隠居して幼子を当主に立てた者が居ると聞きました。

 先代の大樹公様の前に遣って来たのは、七五三を祝うような歳の子供と言う家もあったとか。

 帳簿の上では数が集まっても、訳も判らず遣って来た幼児を戦いに行かせるなど出来ません。

 それよりは、身分の低い者であっても大樹公様に忠誠を誓う者を採用し、

 上様の為に戦う栄誉をお与え下さるのが宜しいかと思います。


 と、一気に自説を捲し立てた。


 そこへ、


「駄目なのだ! それでは駄目なのだ!」


 横手から異議ありの声が上がった。

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