所有と経営2

●所有と経営2


 わしの提唱するのは、見た目は如何にも株式会社に近い。しかし、近いが似て非なる代物だ。


「大小の株は百株単位で発行され、大株は百中五十。小株は百中七十を公売と致します。

 公売株は証書でありお上の帳簿に付けられて、届け出さえすれば好き勝手に売り買い出来まする。

 この時の値付けに関しては、お上は一切関知致しませぬ。

 またお上の株は帳簿の上だけの物にて動くことはありませぬ」


 前世なら尋常科のわしが見ても、これは詐欺だインチキだと糾弾することだろう。

 株をいくら発行しても、必ず半分はお上が抑えるのだから。


 そして態々大小に分けたのは、経営の意思決定のみの株と、利益配当の株を分けたからである。

――――

・株の発行


・株の種別

 ・大株:経営意思決定に関わる株(百株単位:一株千両販売)。

     百株中、五十が公売。三十九がご重役支配。十一が大樹公様ご支配。

     お上の五十が右の割で端数が出れば、ご重役支配とする。

     万機ばんきは一株一票の入れ札にて決定する。同数ならば、大樹公様のご裁断に及ぶ。

  (注)小株発行時、小株五百株買い上げに付き一株進呈。

     但し、同数を大樹公様お手許株と計上する。


 ・小株:利益配分の為の株(百株単位:一株十両販売)。

     百株中、七十が公売。十が大奥費用追加公金。十が御親兵ごしんぺい費用追加公金。

     残り十が算用に当たる役人の手当にてられる。

  (注)俸禄米(春借米・夏借米・冬切米)支給日に合わせ、前期の一株当たりの純利益で配当を行う。

     但し、前期までの損金は繰り越して純利益を計算し、配当は一朱以下切り捨ての事。

――――

 株の配当を大奥や御親兵の費用に充てる算段である。



 バーリー・ミューンズによると、株式の登場により所有と経営が分離した。

 一株を持つ者は一株分だけその企業を所有していることになるが、たった一株では経営に口出しすることは叶わない。一株は一票の投票権を持っているので、沢山の票を抱える大株主が企業としての意志を決定するからである。

 こんなことは、平成の代ならば高等学校で習う常識であるが、この時代は深く考えられてはいない。

 それを踏まえた上でわしは、経営に関わる大株と配当に関わる小株とに分けた。前例がないのだから、都合の良いようにした訳だ。



「つまりこれは投資にございますな」

 柳屋の主がそう言った。

「はい。儲かれば儲かるほど大きな配当が得られます。その半面、投資にございますから損をする事もあるでしょう。しかしその時も、株を買う時に出した金を超えて損をする事はございませぬ。

 そもそも皆様は、入れ札で事業をどう動かすかを決める事が出来るのです。

 半数の株は、皆さまが利に走る余り八島の利益を損なう時の歯止めにて、常はお上がくちばしれることはありませぬ。

 これから大きくなる外国とつくに相手の商いで、紫染めの絹や橙染めの羊毛を扱えば儲けが出るのは必定にございまする。

 また大奥の配当につきましては、銭ではなく物納と為る事が決まっております。

 御親兵分に関しましても結局は、皆さまから購う品々の対価となります故、悪い話ではありますまい」

 わしはそれだけ説明した。後は細かい部分を詰めて行くだけであると。



 こんな往来で、守秘義務に関わる細かい話は出来ぬのは、商人達にも判り来たこと。

 なのでこの場は軽く流してはいる。

 この条件で大株を一株以上、小株を百株以上購入するかどうかを皆に問うた。問うて株仲間の念書を交わす。

 見返りのある二千両ならば、ポンと出せる大店おおだなにしか書状は渡して居ないから、一刻もしない内に三本締めの手拍子だ。

 音頭はわしと、現金掛け値なしの越後屋と、柳屋のあるじ殿。


「良いですか。株仲間の掟として、

 外国とつくに相手は、現金掛け値なしで一切の値引きを許しませぬ。寧ろ己の才覚の限り吹っ掛けて下さいませ。そして余分な儲けの一部で米を購い、長屋の者に廉めに降ろして頂きます。


 異国の金を巻き上げて、人をも富まし世を富まし、堂々と金儲けに励みくだされ。

 皆様が潤えば皆が潤う仕組みを創り、遂には本邦みなで豊かになりましょう。

 そしてその富を使い列強に伍する兵を養いまする」

「おおおおおおーーっ!」


 たかぶる熱気が返って来る。これは彼らの戦なのだ。故にわしは煽り立てる。

 わしは三味線作りの六弦ギターをき鳴らし、彼らに勇ましき歌を与えよう。


 知恵ある者ならば解るだろう。

 それは同時に、女を卑しみ商いを卑しむ儒教に対する宣戦の雄叫びでもあった。

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