第一章 やくざ者

七人のやくざ

●七人のやくざ


 ご府中のとある裏長屋。

 あちこちに水溜りこそあるが、今時分には珍しい二日続きの雨は止み、空は明るく澄んで居る。

 とうに大工・左官・棒手振ぼてふり商人など、出職の者達は出払っていた。


 長屋の軒先で遊ぶ腹掛け姿の幼児が独り。年の頃は数えで五つあるいは六つ。令和の世で言うならば年少さんくらいの男の子だ。

 小石に小石を転がして当て、夢中になって遊んでいる。


 そこへ。のそりのそりと大手を振った一団が遣って来て、井戸を囲むようにたむろを始めた。

 その数七人。皆、尻っ端折りにたすき掛け。長脇差を差した喧嘩支度のヤクザ者の若いだ。

 しかし。そんな異常も気付かぬ程に、手元の小石に集中していた。



 ゴーン。

 捨て鐘に続き。響き渡る八つの鐘。

「おっかぁ! 腹減った」

 軒先の子が母を呼んだ。

「晩まで我慢おし。今日はおっとうが稼いで来るから」

 内職の縫物をしている母親が返すと、

「あ~ん」

 弁えの無い年の頃とて、我慢できず男の子は泣き喚く。

 是非も無い。ご府中において、およそ長屋の住人と言うものは、日銭を稼いで渡世する。雨の三日も続けば、子供に食わす芋とて難渋するのだ。


 そんなどこにでもありふれた泣く子の声に、

ぼう。腹減ったのか?」

 若い衆の一人が近づいた。

「……」

 泣き止んだ男の子がつぶらな瞳に喧嘩支度の男を映す。そいつは懐に手を入れると。

「喰え」

 と干芋を突き出した。


「タスケ!」

 気付いた母親が、慌てて抱いて部屋に引っ張り込んだ。


「もぅし。おかみさん」

「へい」

 男が呼び掛けると、恐る恐る返事をする。


「人んの躾にくちばしいれて済まねぇが。坊が腹を空かしてる。

 こんくれぇから辛抱させ過ぎると、性根がひん曲がっておらみたく成っちまうかも知れねぇ。

 曲げて食わしてやってくれねぇか?」

 懐紙に包んだ干芋を三枚、母親に向かって突き出した。


 どう見てもやくざ者にしか見えない男の厚意に、

「いいのですか?」

 と頭を下げると、男は、

「いいって事よ。外れもんだが、おら達やけだものじゃねぇ。

 無暗やたらに無関係なもんに噛み付くことはねぇ」

 それは言い換えれば、必要があれば喉笛を噛み切る事も辞さない事の裏表なのであるが。

 男は、礼も言わずにかぶり付く幼子を、目を細めて見ていた。そして、懐っこい目で彼を見る子供の頭を軽く撫で。言った。


「夕方にゃ、ちょっとばかし騒がしいことに為ると思うが。

 坊達にゃ関わりねぇ。巻き添えにならんよう、部屋でじっとしていておくれ」


 荒くれ男でも。いや、荒くれ男だからこそ。子供には優しい。

 自分を性根がひん曲がったと卑下しているが、本当にひん曲がったやつばらならば、絶対口にしないものなのだから。


 井戸の周りにたむろして、どう見ても堅気とは思えない男達が、長屋を睨んで待っていた。



 日の傾き掛ける頃。出職の者達が帰って来た。

 井戸に屯する男達を見て、皆一様にぎょっとするが。男達が頭を下げ、

「堅気の衆。これもおら達の活計たづき故、堪えてくだせぇ」

 と丁寧に挨拶をすると。取り敢えず自分達に関わりは無いようだと安心し、軽く頭を下げて家に入って行った。

 そんな何度目かの遣り取りが過ぎ、浪人風の男が現れた時、

「「犬上軍次いぬがみぐんじ!」」


 井戸に屯していた男達が動いた。

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