聞かば良し

●聞かば良し


「「犬上軍次いぬがみぐんじ!」」

 入って来た男を、すっと五人の男が取り囲んだ。

 その手際の見事さは、刑事が容疑者を捕捉するかのようであった。

 対する軍次もはやい。バネ仕掛けの様に声に反応。さっと左半身に身構える。


あまぁどこやった」

 睨み付ける男達は皆、鯉口は切ってあるが抜いてはいない。

 双方、油断なく相手の様子を伺って居る。


 数を十ばかり数える間の後。先程幼児に芋をくれて遣った男が正面より一歩前に出て、右の掌を自分の鳩尾に当て、空の左手を前に突き出した。

「まあ聞け。

 うちの親分は、手前てめぇを大層買ってるんでな。口で言うより手の方が早いもんは外されたんだ。

 手前も男意気を商売しょうべぇとしてるんだ。あの始末にゃ業腹ごうばらってのは判ってる。

 だがな。仮にも手前ほどのもんなら、うちにも譲れねぇもんがあるのは解るだろう。


 なぁに、無茶は言わねぇ。ちぃっとばかし親分の顔を立てちゃくれねぇか?」


 流れにっては直ぐさま命の遣り取りになる為、下げる頭は会釈程度であったが、男はそれなりの礼を尽くした。


「他でもねえ 辰の字の言葉だ。ならば聞かせていただくか?」

 聞かせて貰おうと言って、軍次は攻め掛かる身構えを解いた。だが、攻めずとも攻められて不覚を取らぬよう怠り無い。


 恐々と、隙間から顔を覗かせて見ている長屋の衆に、

「済まねぇ。お騒がせした」

 辰の字と呼ばれた男は深々と頭を下げた。



●遭遇


 空の赤く染まる頃。

 ご府中の街を急ぐ影三つ。わしとお春と宣振まさのぶだ。


登茂恵ともえ様。宜しいのですか?」

あき殿のたっての望みです。是非もありませぬ」

 訴えを聞き、わしは急ぎ信殿の家族が住まう長屋を目指していた。


 座頭ざとう貸しとは言え、親族が利益度外視で貸してくれた金である。しかも見限られたものの、元金百両を二割も割り引いた八十両しか返せと言われないのは、今時真に有難き厚情。

 わしが知る借財についてだが。既に信濃の座頭貸し瀧澤たきざわ殿には、肩代わりして元金百両を返し終えている。以来、信殿の俸給から少しずつ返済して貰っている。

 信殿の叔母も義理の叔父も、姪の仕官を大層喜んでいたのは、諦めかけていた金が戻って来てくれただけではあるまい。


 なのに、

「まさか他からも銭を借っちょったとはね」

 あきれ声で付いて来る宣振は、わしらを護る様に三歩先を進んで行く。

「折角、姫様が助けてくれたのに、借金を隠すなんて、どないな考えなんろう」

 宣振のは単なるあきれであるが、お春の場合は自身も似た境遇であった事から憤りに近い。


 信殿は破軍神社に居を移したから、いきなり金を返せと迫って来ることは無かろうが、こう言う事は早く片付けてしまうに限る。

 そこで、

「お春。少し面倒を掛けます」

 と敢えてわしは、当事者である信殿に留守を命じ同じ年頃のお春を連れて来たのだ。

「へい。言われへんでも判ってます」

 お春は委細承知した。


 そう。お春を助けた時と同じく、先方から喧嘩を売らせる為に。

 勘違いして手を出して来さえすれば、わしが振り掛かる火の粉を払い落すことに何の問題も無い。


 そして。着いた長屋にて、

「何で軍次殿がここにいるのです」

 わしは素っ頓狂な声を上げた。


 信殿の父上に会いに来た筈のわしは、井戸の近くで対峙する軍次殿とやくざ者達に出くわしたのだ。

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