一席持つ

●一席持つ


「なるほど。軍次ぐんじ殿に先を越されましたか」

 あき殿の窮状を救うために、既に動いていたらしい。

 やくざ者と軍次殿の諍いは、やくざ者からすれば賭場荒らし。軍次殿に言わせればイカサマ暴露であった。

 それで暴れて、暴れるついでに信殿のお父上の負けを無かったことにしてしまったのだ。


「それで、意趣返しにございまするか?」

 やくざ者達を睨み付けると。

「いや。そうじゃない。親分が腕とに惚れこんで、是非とも身内にしたいと」

 困った顔をする軍次殿。

「何を遣ったのです?」


 目を逸らした軍次殿に変わって、やくざ者の一人が、

「取り囲んだおら達を、無手にてあしれー、千切っては投げ千切っては投げ。

 頭に血が上った若いが長脇差抜いて斬りつけりゃあ、空手打ちでし折り、


『坊主。狭い所で振り回し、客人衆に怪我させる気か?

 それと、刀はもっと銭出して替え。安物買いは命を失うぞ』

 と凄まれる始末。

 気が付きゃ訳の分からんままおら達全てが両の肩を外され、相手にもならんかった」


「肩をですか」

「へい」

 やくざ者の話にわしは、

「軍次殿は、随分とお優しいこと」

 にこりと笑い澄まして言うと、軍次殿は苦笑い。

「いや。信殿に手出しさせぬ為には、怪我などさせて要らぬ恨みを買う事もございますまい。

 叩き殺さばかたきと憎み、半端に懲らせばおとこだてを売る商売故、引っ込みがつきませぬ。

 刃に無手で応じて肩を外したのは、ひとえに事を荒立てぬ為。腕の違いと手加減は明白にして、しかも骨接ぎへ行かば痣一つ残り申さぬ故」

 なるほど。軍次殿なりに事を自重したようだ。


「そちらの都合は判った」

「では……」

 期待と共に身を乗り出して来たやくざ者。

 軍次殿の目配せに、わしは左手を開いてやくざ者に突き出し、その後を継ぐ。

「お待ちあれ。

 人は、同時に二君に仕えることあたわぬもの。よってそちらの親分殿のお身内になる事は適いませぬ。

 軍次殿は今、小身しょうしんなれども御家人格の禄をむ身の上にございます。

 親分殿に面子があるように、上様……大樹公たいじゅこう殿下にも威信と言うものがございまする。

 万がいつ、腕づくでもなどとお考えになるのならば、こちらは弓矢に懸けてお相手致すことに成り果てましょう」


「なっ……」

 思いもよらぬ大樹公の名に、思わずぎょっとするやくざ者達。

 如何に親分殿が力を持って居ようとも、天下相手に喧嘩は売れぬ。

 決して『矢でも鉄砲てっぽでも持って来い』とはうそぶけないのである。



「なんとかならねぇか?」

「おっと、売るじゃあ買うぜ。白刃の雨だってね」

 お国訛りで軽口を叩く軍次殿。

「ついでに言うじゃあ、

 おまんらが借金のカタにしようと考えてたおあき殿は、御親兵は鉄砲組の一つを差配する上様の直臣だ」


 えっ。と呻く声を最後に続く沈黙。その中で、じりじりと焦げるような小一時間。



「聞きます。身内にしたいと言うのは、軍次殿と敵対したくないと言うのが本にございますね?」

「そんだ。遺恨を水に流し、争わねぇためだ」

「ならば!」

 とわしは提案する。


「固めの杯では無く、手打ちの盃になさいませ。手打ちをするのに親分の面目上、銭が必要ならばこの私があがないましょう。一席設けて頂けますか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る