第二章 お目通り

正宗に似た刀

●正宗に似た刀


 対面の場。ご世子様と御前様を前にして、左右に家臣達が並ぶ。

 身分の為わしに同行できぬ宣振は、左手のお庭に控える事を許された。



さち殿。ちこう」


 御前様のお声に、入口で跪坐きざしたわしはその場で三歩膝の足踏みをして据わる。


「苦しゅうない。近う」


 乞われて二歩。凡そ二寸ばかり前に膝行して再び跪坐。これを数回繰り返した後、御前様が言葉を変えた。


「幸殿は殿の実のむすめなれば私の娘です。市井の育ちと聞きますが、家督に関わるおのこと違うて、いずれ他家にれるおみななれば庶嫡の序も詮無き事」


 こう前振りをして、


「これは、殿が養女にした町人の娘にも同様にしたことです。

 これより先、私の事は。幸殿が殿を父上と呼ぶならば母上と。おとっさんと呼ぶならばおっかさんと。ちゃんと呼ぶならばおっかあとお呼びなされませ」


 にこやかにわしに告げた。

 礼も過ぎては無礼になる。わしは頭を切り替えて、


「母上様。どうぞよしなに」


 跪坐のまま、四つの指をくっ付けて親指を開いた両の手を三角形を形作る様に前に着いた。

 そしてその三角形の中に鼻を埋めるようにして、深々と頭を下げる。



「解りました。では幸、これより長門守ながとのかみを兄上様とお呼びなされ。

 ご養子なれど長門守は、藩祖天樹院てんじゅいん様直系の尊きお血筋。このご時世です。長門守が藩主の座に着く頃には、天樹院様のご悲願が叶う世になっているやも知れませぬ」


 目で御前様が合図すると、ご世子様が口を開いた。


「幸は別式女べつしきめに成りたいとの事、かねてより父上より伺っている。

 近う寄れ。江家の為につるぎると申す幸の為に、わしがえらんだ一振だ。

 わし手づからこれを使わす」


 黒い桟留サントメ革の鞘に収まった脇差。



く、この場で検めよ。擦り上げで銘を隠してあるが正宗ぞ」


 にやりと笑うご世子様は、


「ご世子様……」


 と言い掛けるわしに


「兄上で良い」


 と言葉を被せた。



「では兄上様。本当にここで抜いて宜しいのですか?

 ここで私が自分の首をねれば、兄上様に血飛沫を振り掛けることが出来る近さにございますよ」


 遠回しに刃傷しようと思えば容易く出来る距離であると、昔のためしを引きいだすと、


「ほう」


 ご世子様は目を細め、


「『五歩の内、相如しょうじょ請う、頸血を以て大王にそそぐことを得ん』

 黽池めんちの会の藺相如りんしょうじょだな」


 と出典を明らかにした。


「はい」


 ご世子様は一段高い席から手を伸ばし、


「漢籍も学んでおるのか。幸は賢いのう」


 と、わしの頭を一撫ですると、


「良い。わしが許す、いや命じる。抜いてこの場で検めよ」


 そう明言した。



「検めまする」


 懐紙を咥えて抜き放ち刀文はもんを見る。


「私に刀の良し悪しは判りませぬが。の目乱れの刃文が表裏揃うとは珍しき物にございますね」


「良いか。擦り上げて銘を失って居るが、紛うこと無き正宗だぞ」


 やけに正宗と念を押す。


 あれ? 確か正宗によく似た刀が有ったような記憶がある。あれは確か……。

 悟ったわしは目を見開いた。正宗に居た刀。それは権現様の祖父・父・嫡男の血を啜り、大樹公家に仇を成すとされた刀だ。


 目を丸くするわしにご世子様は言った。


「近日中に上様より、お目通りの許しが降りる手筈だ。

 上様には、『市井育ちの数えとおの娘ゆえ、神けて一切いっさい粗相そそうを咎めぬ』との仰せ。幸はのびのびと素をお見せ致すがよい。

 仮令たとえ無作法が有ろうとも、綸言りんげん汗の如し。万がいつ戯言きげんもてあそぶならば、弓矢に懸けて正してくれよう。

 なあに。転婆が過ぎてもご不興を買うことはあるまい。上様は殊に武芸をご奨励為されている。寧ろ幸の運が開けるやもしれぬぞ」

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