ハンサムな彼女
●ハンサムな彼女
「姫様は嬉しないんどすか?」
着付けをしながらお春が訊ねる。
「この金糸の入った赤はなぁ」
どうして女児の晴れ着は赤が多いのか?
前世、男の記憶を持つわしとしては、紅い
「上様より粗相不問の言質を頂いております。それも花押付きの文を以て。
ならば
「ほんでも、今日はこちらをお召しになった方宜しいかと」
「はぁ~。厄介ですね」
溜息が出る。
「ほんに姫様は変わり者どす。毎日三度、雪より白い
「
「そうなんどすか?」
「生涯玄米で過ごした
されど、美食を好まれた三代
着慣れぬ服を着せられているせいか、些か自分でも険があると思う。
「お春も用心なさいませ。美人薄命と申しますが、
「姫様……」
「お春には
「もったいないお言葉どす」
恐縮するお春。
「それにしても、流石
「はい」
「私ならばお春の服までは気が回っても、決して
長持ちの一つには、木綿なれど真新しい
ご正室として奥を束ねる御前様か、お側の知恵袋の計らいである。
「お籠が参りました」
わしの直臣である
さて。お籠は入る千代田の森。その森に建つお城自体が一つの街だ。
門の前で降りて徒歩。それからタライ回しかと思えるような幾つもの取次を経て
「本当さ宜しいのだが? おらは陪臣の娘さ過ぎねぇが」
京で耳に馴染んだ会津訛り。
「ここ中奥の御小座敷で待てとの思し召しじゃ。有難くお受けなされ」
言い捨てた世話人の奥坊主がわしの横を通り過ぎる時、
「あ、あなたは……。あ! これはとんだ粗相を」
先客の知り合いに気を取られた振りをしてわざと茶坊主にぶつかったわしは、素早く手の内の物を握らせる。
所謂、お鼻の薬である。
「私もこなた様も
重みと感触で確認した茶坊主は、露骨に顔色を変えた。
続けて
「貴方様もよしなに」
押し戴くように両手で、ここへ案内して貰った茶坊主の右手を握り締め、先と同じ物を握らせる。
平成の代では
「ご機嫌あそばせ。私は
お国言葉からすると会津のお方にございますね」
茶坊主どもが退出すると、わしは同室の女に話し掛ける。
「失礼した。
おらは会津藩軍事取調役兼大砲頭取・山本
「どうしてこちらへ?」
わしと同じく、独りでここへ通されたのが気に掛かる。それを尋ねると、
「兄が藩の役職さ有り、おらも鉄砲習っておった。京さ赴ぐ兄さ随ってご府中まで同行し、こごでゲーベール習っておった所、女だでらに鉄砲良ぐ撃づど評判になり、本日のお召しに預がった」
八重殿は少し困った様な顔をして呼ばれた訳を教えてくれた。
「女だてらとは酷い事を」
わしが少し眉を顰めると、
「おらは気にしてねぇ。女が武器執るのは珍しいごどじゃねぇよ。
古ぐは
巴御前始めどする女武者も名残しておりますでねぇだが」
毅然として言い切る。これは中々の器量人とわしは見た。
「素敵にございます。八重殿のような御方の事を、メリケンではハンサムと言うのだそうですよ」
決して美人とは言えない顔だが、女大学を専らとする
学もあり、行動力もある、己の意思を貫く新しい時代の女だ。
「鉄砲の事、気に掛かります。少しお話頂いて宜しいでございましょうか?」
懇意になっておこうと、わしは興味あり気に話に身を乗り出した。
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