大命は下りぬ

●大命は下りぬ


 ご府中に瓦版が舞い踊る。

 会津少将様が京都守護代を拝命し、浪士・郷士のお召し抱えをして京都に赴くと言うからだ。


 一命は取り留めたものの、馬に乗れなくなった彦根中将様はご隠居なされる。

 問題となったのは家督相続された新当主のご年齢だ。御年十三歳ではこのご時世、家職の京都守護のお役目を全う出来る訳が無い。

 そこで会津少将様に白羽の矢が立ち、京都守護代として京師けいしの治安維持に当たる事となった。

 彦根は引き続き京都守護の任を続けて、変あらば軍勢を上洛させるべく睨みを利かすが、それに及ばぬ限りは会津少将様が代行なされるのだ。


 尤も神君が定めたと言われる京都守護職は、大事が無ければ何もすることは無い。

 将軍擁立で揉めなければ意味を成さない水府副将軍のようなものである。


 京都守護職も有事の権だけしか無い御役目で、従来のような太平の世では名ばかりの名誉職。小さな事なら治安を預かる所司代が担当していた。

 その所司代のお役目を引き継いだのが、代々事変に備えて来た彦根のお役目に忖度そんたくして名付けられた京都守護代である。


 ともあれ。

 会津少将様が京都守護代のだか(任務中限定の加増)を以て、腕の立つ浪士・郷士を召し抱えなさる。

 この報は、ご府中界隈を賑わした。



 破軍神社の奥座敷。

 弟の尾巻おまき殿を連れた奈津なつ殿が、酷く憤慨して肚の内を吐き出している。


「それでさ。僕んの殿様が、浪士組のお世話を仰せつかっちゃってさ」

「それはご名誉な事でございますね」

 わしが合の手を入れると、

「宿舎やら食事の手当とか、もう大忙し。上様ったら遊んでるよね。浪士は京の壬生みぶ寺に入れるから、壬生の鳥居とりい家が世話しろなんてさ。

 壬生は壬生でもうちは下野国しもつけのくになのに……」

「うーん」

 果たして、そのふざけた屁理屈の真意は何であろうか?

「ほんと。縁も所縁もない無い土地なのに、手が足りなくてうちの親父も呼ばれてるんだ」

 奈津殿は苦り顔。


「問題はさぁ!

 腕が立つだけで集めた得体の知れぬ浪士達が暴れたら、抑えきれない。

 水府浪士を懲らした実績のあるお奈津も呼べって、殿様が言い出したんだよ。

 僕は、一応は大樹公様の家来だから、勝手は出来ないって断ったんたけど。

 夕べ、こんな物が届けられたんだ」

――――

 御親兵騎兵隊長鳥居とりい奈津殿


 右京師けいし通信方つうしんかた奉行並ぶぎょうなみ可申渡もうしわたすべし

 依而如件よってくだんのごとし


 なお役金やくきん弐百俵にひゃっぴょう十人扶持ぶち

 御四季施おしきせ金子弐拾肆にじゅうよん弐分にぶ


  文長ぶんちょうしち水無月みなづき拾捌じゅうはち日(花押)

――――

 因みに平成の言葉に直すと次のように成る。

――――

 御親兵騎兵隊長 鳥居奈津殿


 京都の通信方の責任者に任命する。

 以上。


 なお任務に当たる為の役料は一年に玄米二百俵(七十四石)。部下十人分を雇う為に一日五升の玄米を支給する。

 そして立場に相応しい服を用意する為の代金として、一年に金子二十四両二分を与える。


  文長七年六月十八日(花押)

――――



「今回のふざけたお沙汰さたのせいで、僕も否応なしに関わることに……。

 役料は御親兵の隊長のろくに足されるから、決して悪い条件じゃないけどさ。

 やっぱり廉くこき使って遣ろうって魂胆が透けちゃってるし」

 奈津殿は唇を尖らしている。


 いやどちらかと言うと、奈津殿を京へ赴かせる為に壬生鳥居家を巻き込んだ感があるな。


 わしらが思案していると、

「登茂恵殿! わらわに大命が下ったのじゃ。今から京へ上るのじゃ」

 ふゆ殿が意気揚々とやって来た。


「生殿まで……」

 どうやら。会津少将様にして遣られたようである。

 この分では、わしも召されると見たほうが良いであろう。

 そんな心構えをしていると、果たして春輔しゅんすけ殿が、慌てふためいて破軍神社に駆け込んで来た。

 草鞋を履かず、裸足でここに駆けて来た。


さち姫様。殿が、お父上様がご府中に到着致しました」


 忘れていた。去年国許で過ごした父上は、今年は参勤でご府中に参る。

 そして恐らくは、ご府中で名を上げたわしと対面するであろうことを。

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