小瀬川の訣別3
●小瀬川の
出処進退は一大事。
男子たるもの死すべきところはどこなのか? と尋ねる春風殿。
ならば。とお寅殿は威儀を正してこう言った。
「君達は、恥を知る者です。
死して不朽の見込みがあるならば、命など
しかし、死に急いではいけません。
生きて大業の見込みがあるならば、見栄や毀誉褒貶に惑わされず、いつでも生き行くことを選んで下さい」
「先生。では……」
なおも問う春風殿。迷いのない言葉を返すお寅殿。
お寅殿は、使える時間の大半を春風殿の為に費やした。
「
次にお寅殿は春輔殿と狂介殿と話をする。
「僕は、僕の伝手を使って、君達の事を上の者に伝えてあります。
エゲレスを始めとした列強は、優れた
しかしそれは使い方を学ばねば為らぬ上、本邦ではそのまま使えない物も多いのです。
加えるに奴らは、列強の文明に無知な僕達を舐めて足元を見ているのであります。
隙あらば、奴らにとっては使い古した骨董品を法外な値で売り付けて来ることでしょう。
僕等にとっては目新しく、進んだ物には違いありませんから。
それゆえ、無知なままで列強の商人の言い値で器械を揃えるくらいならば。
生きた器械を購うと思って、将来役に立つ若者に機会を与えよと建白しておきました。
これに関しては藩庁からも『殿はそうせいと仰せになられた』とのお言葉を貰っております」
こう二人に振った後。
「春輔君。君は
よって列強と渡り合う為に、
フランス国の言葉はあちらの外交語と聞きます。しかし国力は天竺を抑えたエゲレス国が勝っているでしょう。
そしてエゲレス国は数多の船と強力な軍艦を持って居る為、直接本邦を脅かすことが出来る国です。
阿片戦争一つを見ても、彼らの悪どさと強大さは恐るべきものです。
故に恐らく、藩の子弟数人がエゲレス国に遊学を命じられることでしょう。
その名簿に入れて貰えるよう、上手く遣りなさい」
「小輔君。君は才も知識も二流から三流程度の者です。
決して切れ味の鋭い剣でも無く。さりとて骨をも砕く木刀でもありません。
差し詰めありふれた棒切れと言った所でしょうか?
しかし棒は、先が無くとも槍であり
使い方によって様々な力を発揮する棒。それが天が君に与えし賜物であります。
僕の知る限り、君ほど言われたことを忠実に実行できる者はおりません。
君は人に使われてこそ、その真価を発揮することでしょう。
それゆえ上の覚えもめでたくて、君は堅実に出世すると僕は信じるのであります」
お寅殿は、一人一人に言葉を遺した。
こうして彼らにとっては永遠の
春風殿は
――――
夢路にも かへらぬ関を 打ち越えて
今をかぎりと 渡る小瀬川
――――
短冊には、こう記されていた。
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