白い虹2

●白い虹2


 パーン! ご府中の空に一発の銃声が鳴り響いた。


 その時。上巳じょうしの祝いに招かれていたわしは、一部の御親兵ごしんぺいを率いて登城の途中であった。

 大奥で開かれる催しに参加するのだ。ゲストに尾巻おまき殿を連れて来た他は女のみ。

 歩兵は制服である揃いの筒袖つつそで伊賀袴いがばかまに銃を担い、それぞれミニエー弾五発と玉薬そして銃剣を所持していた。


 わしは御親兵の制服に江家こうけ世子せいし様である義兄上あにうえより賜った正宗を帯び、鞍馬山の天狗殿から貰った新式拳銃を装備して鉄兜を被っている。

 鉄兜はそう、空の神兵で有名になったあのタイプ。本物と違って革製では無く鋼と軟鉄で拵えた重い物であるが、つばの無い独特の形。

 後にテレビ映画で、「拳銃は最後の武器だ」で有名な忍者部隊も使って居たあの鉄兜だ。

 生憎、まだ数がそろって居ないので、指揮官だけの装備である。


 他、騎兵より流鏑馬やぶさめ姿の奈津なつ殿。酒保商人と輜重兵を代表してお伊能いの殿。砲兵としてふゆ殿。選抜狙撃兵としてあき殿が、大樹公様からお年玉として弾千五百発と共に下賜された、御親兵に二丁しかないスペンサー銃を携えて加わっていた。

 メリケン渡りとの触れ込みであるが、どうやらこれは肥州で作られたらしい。この銃にはわしの自動式拳銃と同じ、八の字の頭をくっ付けた笠の下に、下の字が刻まれている。都合の良いことに、この銃とわしの拳銃の弾には互換性があったのだ。



 銃声が鳴り響くやわしは一言、

奈津なつ殿!」

 と叫んだ。


「承知! 僕がさきがけだ。尾巻おまき!」

「はい」

 転ぶように馬から降りるのを、

「おっと。危ねぇ」

 軍次ぐんじ殿が受け止めた。

 その次の瞬間には、

「はぁっ!」

 鞭を鳴らし拍車はくしゃを掛けて、飛び出して行く奈津殿。


「歩兵! 総員、弾薬を込めぇ~!」

 号令で一斉に動き出す御親兵の歩兵部隊は、続く、

「着けけん!」

 の号令に、訓練通りに銃剣を取りつけた。

「担え~つつ! 駆けあーし!」

 訓練そのままにわしがエイトウ節を歌うと、続く来た兵達も続く。

 見慣れた風景と言うものは怖いものだ。また御親兵さんが遣ってるよ。と、道行く人が笑顔で開けてくれる。

 いや、いつもよりも好意的だ。なにせ、雛様祭りのお相伴に与る予定で、女兵士を多く連れて来たのでな。



 桜田門外・杵築きつき藩ご府中屋敷前。

 訴状を以て行列を止め、続く拳銃を嚆矢こうしとする襲撃に、彦根藩の行列はさんを乱した。

 無理もない。見目好い揃いの法被の連中は、一日雇いの中間だ。命働きした所で、何の保証も無いのだから。

 当世の習いの倹約でそれが大半を占めるから、譜代の家臣まで狼狽したのは致し方あるまい。

 しかも折悪しく雪の為、刀は直ぐには抜けぬ状態。応戦に動けたのは極僅かの者だけだった。


 その少ない例外、河西忠左衛門は大小二刀を振るってお籠脇を護り、永田太郎兵衛は二刀で多勢相手に駈けずり回っていた。

 忠左衛門が雄敵を切り伏せた時。お駕籠を挟んだ忠左衛門の後ろより、迫る刺客の手が見えた。

「殿!」

 咄嗟にそちらに小刀を投げ付けてて斃したものの、一刀を失う。

「今だ! 押しつづんで討でぇ!」

 お駕籠を護って足を使えぬ忠左衛門目掛け、三方から切りつける刺客。

 これまでか。一人は道連れに。と覚悟を決めたその時。

 ピュン! 飛来した征矢そやが左の一人の咽喉を貫いた。

 熱血が気管を満たし、口から吹く血潮。


 忠左衛門は左に進みて右から襲う剣を躱し、真ん中の者に脇突きを見舞う。

 そして仕切り直しの一刀で最後の一人の一撃を切落して血脈を断った。


 忠左衛門の灰色の世界に彩が戻って来た時。蹄の音を耳にする。そして彼は援軍の到来を知る。


ふるええゃ彦根。援軍到着!

 羽林うりん様。鳥居とりい奈津なつ見参けんざん!」

 駆け抜けながら矢を放ち、弓を振るって弭槍で刺客を脅かした。


 パーン!

 発射される拳銃弾を、直前に鞍の前輪まえわを掴んで馬の影。

 手練の馬術でやり過ごした奈津は、一町離れた位置まで進んで馬首を返す。

 そして再び吶喊とっかんを繰り返した。全員徒歩立ちの刺客達にとって、銃声にも怯まない馬匹の威力は凄まじかった。


 この時、戦いの潮目は変わった。

 一騎といえども意表を突かれた騎兵の出現は、思考の空白が生じさせ、それが武器を使えず恐慌状態にあった彦根藩士達に、少しばかりの猶予を与え柄袋を取って刀を抜く時間を与えたのだ。

 彼らの追加参戦により、彦根は膠着状態まで押し返す。


 そして稼がれた金の時間。彦根藩士達はエイトウ節の歌声と共に近付いて来る、一軍を見た。

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