白い虹1

●白い虹1


 三月三日。

 大樹公様からのお招きに遅刻せぬ様、通いの者の多くは破軍神社で一夜を明かした。


 その日は、日が明けてから牡丹雪が舞う寒い朝だった。


「あれ? あれは何なのじゃ!」

 ふゆ殿が声を上げた。指差す東を見ると、朝日を貫く様に白い虹のような物が見える。

「不吉です」

「本当に」

 摩耶まや殿のうめきに頷くあき殿。

 そこへ軍次ぐんじ殿が、

白虹はっこう日を貫く。からでは戦乱の兆しと言うが……」

 と口を添えた。


 雪の朝に白い虹。

 思い出した。そう言えば二・二六事件の時も白い虹が出たと言うな。

 それにしても、忠臣蔵と言い二・二六事件と言い。どうして大事件の前には雪が降るのだろう。

 いや。大事件が無くとも雪は降る。恐らくはお江戸すなわち帝都では滅多に降らない雪と大事件のコラボレーションに、強く印象付けられているせいだと思う。


 そんな気にする者が居る一方。

「わしも初めて見るが、なんちゃあじゃない。只の言い伝えながやき」

 何でもない只の言い伝えだと言う宣振まさのぶや、

「どうせこの世の巡り合わせ。気にしたってしょうがない」

 と達観しているお伊能いの殿。


 因みに彼女だが。酒保商人、即ち従軍商人では御親兵の行列に加えるのにいさささわりが有った為、名簿には遡って輜重しちょう将校として記されている。

 結成当時からのメンバーで、訓練には参加していなかったが御親兵として働いていたと言うことにしてある。

 あちこち回って酒保開設の準備をしていた。と言う設定だ。何せ前身を考えると、身分を超えたどんなコネを持って居てもおかしくはない人物であるからな。

 正規の名簿は御親兵運用の目途が立った最近になって、大樹公様に提出されたものであるから、公文書の改竄でもない。



 さて。吉凶何れのきざしか判らぬが、日を貫く白い虹を仰いでざわめく境内に、

「虹がどうしたの?」

 尾巻おまき殿を前に載せ、カポカポと馬を打たせた流鏑馬装束の奈津なつ殿が合流した。



「え? 不吉? そんな時はこうすればいいよ」

 言って奈津殿は、矢を番えずに弓を引き、ビィィーンと高く響かせた。それを何度か繰り返し、

鳴弦めいげんと言ってね、魔気・邪気を祓うものなんだ。あと、賑やかな音曲もいいらしいよ」

 そう言うと。馬の前に座っている尾巻殿が、

登茂恵ともえ様。またお聞かせ下さいますか? 登茂恵さまの音曲はとても楽しくて大好きです」

 目をキラキラさせてリクエスト。その上、

「そら宜しおすなぁ。姫様は音曲の嗜みもあるんやし。

 お願いどす。邪気払いに、どうか一曲弾いとぉくれやす」

 とお春からも期待された。


「そうですね。今日の雛様祭りにお披露目しようと作ったものが御座います。お春」

「へい」

 手渡されたギターは見た目は六弦の三味線だ。職人に頼んで作らせたらこうなったのはご愛敬。

 糸を調整し、わしは爪弾く。


――――

ひかるきみの 似姿にすがたか 眉秀まゆひいでたる 内裏様

 金の冠 赤いきぬ 白い打掛 の扇

  大垂髪おすべらかしの 気貴けだかき姿 散りて流れる 桃の花

   箪笥たんす長持ながもち 鏡台きょうだい

   台子だいす重箱じゅうばこ お針箱はりばこ

  妹背いもせちぎる うたげむしろ 散りて流れる 桃の花

  散りて流れる 散りて流れる 桃の花♪


つのおみなの 中にす いだ三方さんぽう 鉄漿おはぐろ

 鶺鴒おしえのとりの そのように 若き二人を おしえます

  提子ひさげ持ちたる 弓手ゆんで官女かんにょ 空はほんのり 花曇り

   栄螺さざえはまぐり 蒸し餅に

   散らしお寿司に お白酒

  長柄銚子ながえちょうしの 馬手めてす官女 空はほんのり 花曇り

  空はほんのり 空はほんのり 花曇り♪


♪赤い雪洞ぼんぼり ちらちらと 金の屏風に 照り映える

 人の親なら すべからく 吾子あこみめぐみ あれかしと

  空に響くは 五人ごにん囃子はやし げよ唄えよ このき日

   太鼓たいこ大鼓おおかわ 小鼓こづつみ

   ふえうたいの めでたさよ

  いのちすがしく 生い立て娘 祝げよ唄えよ この佳き日

  祝げよ唄えよ 祝げよ唄えよ この佳き日♪

――――

 やはり雛祭りは短調が良く似合う。



 雪のご府中。朝も早くから道端に並ぶ人の群れ。

 日が薄い雲の空にゴーンと捨て鐘が鳴った。そして五つ、たつこくを告げる鐘の音。

 続けてお城から登城を告げる太皷が響いて来た。


「始まりまったなぁ」

 登城の行列が近くを通る。見物人は、大名や役人の氏名・石高・俸給・家紋などを記した武鑑ぶかんと言う名の目録に照らし、

「流石、十万石のお殿さまだ。お中間も立派だねぇ」


「次はどこの殿様でぇ」

「えーと。あった。あれは近江・坂田郡宮川(平成の滋賀県長浜市宮司町)一万三千石の堀田加賀守かがのかみ様だ」

 まるでオリンピックのマラソンを見に来た沿道の観客のように見詰めている。


 それから半時。

「流石御三家尾州びしゅう侯様だ。華やかだねぇ」

 浅黄あさぎ色の木綿でも、揃いの法被はっぴは美しい。

 彼らは所謂雇い中間ちゅうげんなのだが、それが行列の四分の三も占めるのだ。

 所詮は行列の威儀を整える為の者達だから、武芸なんぞはからっきし。しかし揃った彼らの動きは百戦錬磨のつわものに見えた。


 尾州の行列が通り過ぎると、雪の中、四町ばかり向うのお屋敷の門が開き、総勢六十人ばかりの行列が動き出した。

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