わしとして生きる為

●わしとして生きる為


 大樹公様よりお召しを受け、御親兵ごしんぺいの報告も兼ねて登城したのは、二月の末近い二十二日。

 晴れの多い季節にも拘らず、どんよりとした曇りの日だった。



登茂恵ともえは新しき商いも始めたそうだな」

「はい。世に在る白粉が、命を縮めるものだからにございます」

「仔細を話せ」

「はい。これが試作品にございます。

 手首裏の静脈が緑に見える者はこの基黄きおう用と書かれた方を、青に見える者はこちらの基青きせい用と書かれた方をお使い下さい。

 詳細はこちらの巻物に記してあります」

 そう言って試作品と合わせて仰々しく装丁された巻物を渡す。

 そしてわしは、懐紙に箇条書きしながら説明を始めた。

――――

 広く唯才ゆいざいを募った結果、御親兵には貴賤老若男女を問わず人が集まりつつある。

 先の報告の時、訓練の為には火薬等費えが大きい為、商いでこれを補うお許しを頂いた。


 現在は女も少なからず加わり、ものになるよう訓練中。


 身体を動かせば汗を掻き、化粧を直す事が多くなった。そこで簡便に行う方法を編み出し、ついでに回数が多くなったために白粉の内容が問題になって来た。


 現在、種痘所の良庵先生や商人の柳屋殿達の協力を得て試作品が完成。

 柳屋隠居後妻の若後家を看板とし、市井にも安全な白粉を弘め、収益を御親兵の費えを補うために使う予定。

 作り値は従来の半値だが、職人の活計たつきを脅かさない為、売値は従来と等しくする。


 肌の色に合わせた化粧をすれば誰でも美しく成れる為、市井の物でも大奥御用となる可能性が高く、実現すれば有毒な危険な白粉に取って代わる。

 そうすれば、将来生まれる大樹公様の和子が白粉の毒に害される恐れはない。


 首尾よく行けば、新しき白粉の権利を大樹公様に献上する。

 そうすれば白粉を同じだけ使っても半分の金子で済む。

――――


「上手く行くとは限らぬが、その企ては面白い。

 かさねてめいず。そうせい! 新たな銭を渡す必要はないのか?」

「ございませぬ。唯、邪魔立てする者を追い払う権を頂ければ幸いにございまする」

「あい判った。予が許す。登茂恵に墨付きを与える」

 程無く、祐筆に書かせた文書に、大樹公様が花押と書き止めの下知如件げちくだんのごとしを書き加えた。これでクッションファンデーションの製造と普及を脅かす敵を排除できる。力づくでも。


「重ねて聞くが。白粉の作り値は今の半分で済むのだな」

「はい。上様が作らせる新しき白粉。少しばかり作り値が嵩みましても、大奥で使う品は上品として町家まちやの品とは区別し、売値を弄れば如何いかがな事と相成あいなりましょう。大奥の費えが増えた様に見せ掛けて、倹約が適います」

「面白き事よ。われが白粉の利権を握るのか。

 さすれば、大樹公家の費えの半ばは大奥だ。これだけでも、奥の者に我慢させずに費えを省けるに違いない。

 見掛けはさらに費えが嵩むていを取ってな」

 なんと言っても、大奥に於いて化粧品に対する費えは膨大な額に上っているのだから。



 報告が済んで、雑多な話になった時。大樹公様は告げられた。

「のう登茂恵。奥の話だが。そなたも女には違いあるまい」

「はて? 近頃は良く判らなくなっております。それがどうか致しましたでしょうか?」

 随分な言い方だが、それだけ気安く思われているのは悪くない。話の腰を折らぬように、わしは惚けて見せた。

 すると大樹公様は、

「来る三月三日。上巳じょうしの祝いを執り行う。登茂恵は巳の刻、御親兵を供として、噂に聞く四季の娘らと共に桜田門より登城せよ」

 と命じられた。どちらかと言うとこれは褒美に類することだ。


「おおそれながら」

「申せ」

「供の列にはニ、三人。軍属の者を加えて宜しいでございましょうか?

 彼の者達にも、御門を潜るはえを与えて、励みに致しとうございます」

 長じてわしが、今世は女に生まれてしまったこのわしが生きたいように生きるためには、少しでも女の地位を上げておく必要がある。

 わしは、わしの藩屏はんぺいを必要としていた。

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