天狗の贈り物

●天狗の贈り物


 倒れたのは賊の方。知らなかったのだろう。拳銃とは意外に反動がある事を。

 仕方ない。拳銃の弾は高価だ。偶に撃つ弾が無いのが玉に瑕で、恐らく初めて撃ったのであろうな。


 突然取り出された拳銃だが、わしは全く慌てずに対処できた。

 考えても見よ。取り出すなり無造作に引き金を引いた賊の弾なんぞ、反動で跳ね上がるに決まっている。

 だから折敷いたわしに当たることは先ず無く、反対に下から腰溜めに構えて撃ったわしの弾は、多少跳ね上がっても敵の身体のどこかに当たる公算が高い。



「いつの間にそがな物を……。いや、初めて撃って良うてられなさんな」


 宣振まさのぶが呆れた声を吐き出す。


「反動を肘を付けた腰骨で抑え、跳ね上がらぬよう左手で抑えました」


 拳銃の遣い方は前世の下士官教育で知って居る。簡単に言えば、腰溜めに構えて身体を向けて撃てだ。

 それを教育通りに出来たから、官給の十四年式拳銃は、戦場で何度もわしを救ってくれたのだ。


「姫さん。それはどこで……」

 宣振が訝しむ。


 何故わしが拳銃を持って居たのか。

 種明かしをしよう。

 そう。話はわしがおりんを連れて帰途に付いた時に戻る。



 トトンコトントン トントトトッコトントン。

 トトントトントン トトントトントン トトトットトン。


 太鼓の音。


「あ、お獅子だ」


 おりんが言った。なるほど獅子太鼓だ。



 太鼓の音する物陰より現れたのは一人の少年。歳はわしよりやや下か。身形は越後の角兵衛獅子。


「今の太鼓は仲間へ報せですか?」


 カマを掛けると悪びれもせず、


「何で解るんだ? 天狗のおっちゃんが言ってたけど、兄ちゃんすげー」


 と口にした。


「……」


 絶句した。流石にこの反応は想定外だ。



鬼一法眼きいちほうげんの遣いですか?」


「鬼一法眼? 違うよ天狗のおっちゃんだよ」


「言い換えましょう。鞍馬山の天狗の使いですか?」


「うん」


 やれやれ。皆考える事は同じと見える。使いに子供は悪くない。



「聞きましょう」


 促すと、


「なら言うね。


 お手前が敵でないのは合点した。拙者の声を聞く者の内よりお手前を狙う者を出さぬと約しよう。

 されど水府すいふは学問の都なれば百家争鳴。薩州も骨ある者多ければ予断を許さず。

 ゆめご油断召さるな。


 だってさ」


 天狗の口真似をして告げる少年。



 やれやれ。いつの世もセクトと言うものは困ったものだ。昭和の学生活動家も、些細な意見の相違から細かくセクトに分かれて対立していたから、水戸の天狗もそうなのであろう。



「あ、そうそう。これ、おっちゃんが渡す様にってさ。

 えーと。『ヒシュウの名人作だから、大事になされよ』

 だって」



 それが何物かも知らぬのか、不適切な形で突き出す少年。

 それはまだ。この世には存在しない筈のアイテム。



「こいつがなぜ……」


 わしは前世の相棒の名を思い出した。

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