エイトウ節

●エイトウ節


「二列横隊。整列!」


 西洋服に似せた筒袖の上着に、ズボンに近い伊賀袴。草鞋履きなれども足元を革足袋で固め、巻脚絆ゲートルで足首や脹脛を保護した格好である。

 何れも汚れの目立たぬ柿渋かきしぶ染め。前世で言うカーキ色であつらえた、揃いの稽古着できびきびと動く者達。


「控えーつつ!」


 テレビマンガであればカチャリと音が響きそうな一斉動作……。

 とはまだ行き難いが、先ずは及第点は出せる動き。


 皆が一斉に気をつけの不動の姿勢を取り、木銃を体の前で脇をしめたまま両手で持つ。

 所作の細部を見れば、右手は正面に手甲を向けて銃床を支えて握り、左手は正面に手甲が見えぬよう被筒部後部を握り、銃先が正面に対して半直角に地面から傾くように構えている。


「休め!」


 立て銃の姿勢に移る様も、中々堂に入って来た。


 不動の姿勢のまま右足の小指の真横に銃床上部を置き、右手で銃を立てるため銃の照準を隠すように固定。

 好し好し。ちゃんと右手は腰から離しておらぬな。


「担えーつつっ! 頭ぁー右! 前へー進め!」


 左・右・左・右。ちゃんと踏む足の順序も違えず出来ている。


「駆けあーし!」


 足並み揃え、飛脚のように駆け足で進む。


 まだまだ尋常科五、六年の子供程度に過ぎないが。最初の頃を思えば良くここまで来れたものだ。


 ご府中の往来に響く、足音と歌の声。

 今ではちょっとした名物になっている。


――――

♪犬とも言えや 畜生ちくしょうとも言え

 我らはしこの 御楯みたてなれ

  エイ! トウトウ エイ! トウトウ

 国の光と 猛男たけお一分いちぶ

 無辜の民をば 護る為

  エイ! トウトウ エイ! トウトウ♪


つつ火砲ほづつも 盗人戦ぬすっといくさ

 勝つが我らの ほんなれば

  エイ! トウトウ エイ! トウトウ

 えびす戎衣ころもも せんいくさ

 武霊ぶれいひそみよ 胡服騎射こくふきしゃ

  エイ! トウトウ エイ! トウトウ♪


♪玉と砕けて 後は知らじと

 おのが名のみを 惜しむより

  エイ! トウトウ エイ! トウトウ

 逃げて懸かりて 懸かりて逃げて

 勝ち逃げするのが 我が流儀

  エイ! トウトウ エイ! トウトウ♪


濁世じょくせ浮世うきよ あたい無き世に

 生まれ落ちたる この身なれ

  エイ! トウトウ エイ! トウトウ

 行くもまるも すわるもすも

 みんな世の為 人の為

  エイ! トウトウ エイ! トウトウ♪


♪人をののしり 世をば怒りて

 品下しなぐりし世を 恨むより

  エイ! トウトウ エイ! トウトウ

 きみへの真心まごころ 祖国おやぐにへのちゅう

 義のあるところ 火をも踏め

  エイ! トウトウ エイ! トウトウ♪


♪最後のけつと 心定めて

 号笛ごうてき三声さんせい 鳴る時は

  エイ! トウトウ エイ! トウトウ

 鯨波げいはのの声上げ 一気に押し込め

 人に遅れて 恥掻くな

  エイ! トウトウ エイ! トウトウ♪

――――


 この歌声が、孫のホイッスルやテレビマンガの歌の代わり。

 足並み揃えて歩く為、わしが都々逸どどいつに乗せて創った歌である。

 調べはわらべ歌や民謡によくあるヨナ抜き音階で、基調に響くリズムはジャズで言うスウィング。

 ハイカラなリズムは抵抗があるかと思いきや、実はこの時代でも聞き慣れた祭囃子の三連符。その頭二つを繋げた撥ねるような感じだから、思いのほか容易く受け入れられた。



 歌詞もわしらが目指す所を意識させるように考慮した積りである。

 因みに意味は次のようになる。


――――

 犬侍いぬざむらいと言たければ言え。

 我らは国を護る楯なのだから、これは国と名誉と罪なき民を護る為なのだ。


 銃や大砲を撃つのも、こそこそした戦いをするのも、勝つのが我々の本分だからだ。


 西洋式の軍服も西洋風の戦い方も、胡服騎射を採用して国を強くした趙の武霊王を見倣ったものだ。


 玉砕して後は知らないと自分の名のみを大事にするよりも、

 逃げては攻め懸かり攻め懸かっては逃げ出して、勝ち逃げするのが我々の流儀なのだ。


 末法の下らない世に生まれ落ちたこの身だから、何をするのも皆世の為人の為だ。


 国を憂いるばかりに人を罵ったり世間に怒りの声を上げたり、下らない世の中を怨むよりも、

 主君へのまごころや祖国への忠義を示し、国の為に危険に飛び込むべきである。


 最後の決戦と心を決めて、突撃の合図が鳴る時は一気に吶喊とっかんだ。

 人に遅れて恥を掻くなよ。

――――



 節をつけて歌うわしに唱和して歩む面々は、未だ前世の孫の運動会に及ぶには程遠い。

 しかし少しずつ、その足並みは揃いつつあった。

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