ケンパと梯子
●ケンパと梯子
ケンパと梯子橋。聞くとそれはまるで遊びみたいなものだった。
最初はケンパの丸の前に並ばせて、ホイッスルに合わせてケンパで飛ばせた。
幼稚園の遊戯と変わらぬものなので、級友達も皆喜んでやったのだと言う。
何巡かさせてそろそろ飽きが来る前に、今度は白線で引いた横断歩道のような物の前に移動して、
「梯子の橋が架かって居ます。下は谷底です。落ちないように渡りましょう」
先ずは一人づつゆっくりと踏み外さないように渡らせ、慣れて来たらホイッスルに合わせて渡らせた。
そして次第に間を置かずに渡るようになって行き、三度目の体育の時には、皆並んで渡れるようになっていたと言う。
その後、ホイッスルがテレビマンガの曲になり、今日の日を迎えたとの事。
なるほど。ケンパはホイッスルに合わせてリズムを揃える為の物で、梯子橋は歩幅を合わせる訓練だ。
これらでホイッスルにぴったり合わせて足並みを揃える所まで仕上げたと言う事か。
子供相手に。いや、子供が相手だからこそ。楽しい遊戯の形を取って進められたのだろう。
「でね。先生があっちゃんを前に立たせて、歩き方の姿勢とか手の振り方とか直して行ったの」
「あっちゃんてあのあっちゃん?」
母親であるわしの娘がそう言った。なんでも一番足が遅くて、縄跳びとかが上手く出来ない子
「うん」
返事する孫は
「クラスで一番足が遅くて、縄跳びなんかも下手くそな子」
「仕方ないわよ。お誕生日が四月一日なんだから、早生まれも早生まれ。一日遅く生まれて居たら、学校上がるの来年だった子だもの」
わしの子供の時分でも七つ上がりはハンデを負っていた。わしの頃はその差を調整するために、通常は尋常小学校卒業者だった中学入学が、尋常小学校五年の課程修了でも許されていたものだ。
「でね。先生が付きっ切りで教えるから。あっちゃんの歩く姿が見る見る立派になって来て、先生が『完璧です』って言ったの」
「ほう……」
目から鱗であった。
秀逸なのは、唯一人を選んで指導した事だ。
全体に向かってあれこれ言っても、誰に言っているのか通じない事が多い。
例えば、猫背の子を見かけて胸を張れと言った積りで指示したはずなのに、丁度良かった者や胸を張り過ぎて居る子がそこから修正を掛ける為におかしく成ってしまう。
一人を指導して理想形を作り、完璧な見本を示して真似させる。確かにその方が覚えるのが早い。
教練を受けた時と教練を指導した時。二つの立場それぞれに軍隊時代の苦労を思い出すと、先生の指導の手際良さが理解出来た。
「あのね。それでね。皆に。『この子が皆さんのお手本です。真似をして下さい』って言ったから、あっちゃん得意になって皆に何度もお手本を見せてくれたんだよ」
更にあっちゃんと言う子を、その一人に選んだことも素晴らしい。
今まで体育ではいい所の無かった子だけに大得意になって、乞われるままに何度も何度もお手本を示してくれたであろうと、わしにも容易に想像出来た。
そうだ。集団行動の未経験者と言う意味で、今の彼らはあの時の孫達にも劣るのだ。まあ今の相手は大人であるから、小学一年生相手の指導はそのままでは使えぬ。しかし、この考え方は役に立つ。
わしは計画を練り直した。
そして七日後。
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