空木の花

空木うつきの花


 二条新地の親分と共に京の街を歩く。親分の用事を兼ねての案内だ。

 行き交う人がお辞儀をして通り過ぎる。親分は堅気にも結構慕われているらしい。


 今回直々の案内となったのは、


「お嬢はんをほっとくと、またなんかやらかすさかいな。わしはお嬢はんにあほな者寄り付かへんための虫除けだ」


 と言う訳だ。

 尤も、親分に気に入られたことは確かで、


「どや? ええ品やろう」


「これが名高いつづれにございますか。ほんに眼福致します」


 さすが禁中御用達の店だ。

 経糸たていとが見えない精緻な織物。手を触れる事さえ躊躇ためらわれる芸術品。

 そんな、一見では垣間見る事も叶わない上物の西陣を、親分の顔で見せてくれる。


「これなんかどうや? あんたに似合うで」


 反物が終わると小間物屋。べっ甲細工や宝石珊瑚のかんざしの数々。


「さっきの反物は無理やけど、こっちなら一つぐらいうたるで」


 およそ娘ならば興味を引くであろう店に連れて行ってくれ、まるで自分の妹に世話を焼く様にしてくれた。



 所でわしは男姿であったから、


「可愛いお子どすな。親分のお稚児はんどすか? このくらい顔良ければ、女の格好させても似合うわ」


 などと有らぬ疑いを掛けられ、その度に、


「出入りしてるお屋敷のや。この通り、男のなりを好まれるさかいな。

 よい品見せたら、ちびっとは興味出してくれるかと、ほんまもんの品を扱うおたなを廻ってるんや」


 と弁明を繰り返した。


 尤も、女と判れば女と判ったで、


「若紫どすか? 親分も隅におけまへんなぁ。

 お嬢はん。顔は怖いがええ男やで。お情け貰うて損はしいひんさかい、確り捕まえといたらええのに」


 と、揶揄いの対象に為る。

 それを怒るでもなく


「敵わへんな」


 と苦笑いするだけで済ませてしまう親分。


「愛されておりますね」


 わしの言葉に頭を掻く。



 何軒目だったろうか?

 茶菓子を商う店では、気を利かせた店の者が出してくれた一服の茶の横に、出来たての朝生菓子を添えられ。


不如帰ほととぎすどす。お召しあがりやす」


 種を抜いた砂糖漬けの梅の実を白い牛皮で包んだ菓子が据わる。


「これは卯の花を模した物にございますね?

 不如帰とは風雅みやびな名にございます」


「美味い。

 せやけど、なんでおからが不如帰になるんやろうかな」


 菓子を心地良く味わいながらも、ふと口を出る親分の疑問。


「ほととぎす 来鳴きとよもす 卯の花の

 共にやしと 問はましものを


 万葉では卯の花、つまり空木うつきの花に不如帰は、梅にうぐいすのような取り合わせにございますよ」


 わしは万葉の世に思いを馳せて、竹の楊枝を使う。微かに薫る上品な香りが口元に広がった。



「親分。どこのお坊ちゃんどすか? 名のいわれを当ててしまわれるとは、歳に似合わぬ風雅士みやびおどすな」


「ほう? そうなのかい。わしは学があらへんさかい知らへんが」


「へい。元は万葉なのどすえ」



 たかがこれだけに感心された。

 空木うつきと不如帰は対なのは、唱歌・夏は来ぬでもお馴染みの話。

 平成・令和では教えないかも知れないが、わしの時分は尋常小学校で習ったものだ。



「ほな。邪魔したな」


 店を出て歩いて行く。その道すがら、わしは勤皇の賊の事を聞いた。

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