覇を拿む武器

つかむ武器


 やけくその様に歌うよさこい節の替え歌。

 一齣ひとくさり歌い上げた土州侯様は、こちらをじろりと睨み。言った。

登茂恵ともえ殿。戯言かと思うておったが、掛け値無しか」


「御意にございます」

「これも、噂に聞く巨勢こせの知恵か?」

「はい。ははが遺せし火の秘薬にございます」

 その正体はポリスチレンを石炭精いわきせい(ベンゼン)と臭水精くそうずせい(ガソリン)でゾル化した物。具体的な配合割合は、こいつが一旦火が付けば摂氏千二百度で十分じゅっぷん前後も燃え続ける恐るべき物質である為、半知半解で実行すると命の保証がない以上敢えて秘すが、ポリスチレンが半分近くを占める。


つかむ武器と書きて拿覇武なぱむと言う名が伝わっております」

 わしは懐紙に木筆もくひつ(鉛筆)で書いて字を示す。

 まあこれも、例によってこじ付けの名だ。



「拿覇武では解り辛いのう。秘薬の名はそれで良いとして……。

 良し、われがこの火箭かせんを名付けて進ぜよう」

「宜しいので?」

 随分と乗り気の土州侯様。

「火の輪に包むたまが故。火輪弾かりんだんでは、どうじゃ?」

き名にございます」

「それでのう。この火輪弾、少し貰えぬか?

 黒船といえども大方は木で出来ておる。船に火は大敵じゃ。火輪弾があれば黒船とも互角に戦えるではないか」

 土州侯様の反応を見る限り、洗いざらい持って来て正解だ。特に増粘剤でもあるポリスチレンは、未だ工業的には作る目途も立って居ない為せっせと実験室的に作った物であるが、一度にそれを使い切るだけの価値は有ったとわしは信じる。



 さて。大樹公たいじゅこう家の天下が始まった頃。それを支えたのは八島の半分を占める領地と金山銀山。そして、その財に裏打ちされた軍備であった。

 二百六十年の年月が流れても、大樹公家の天下を裏書きするのはその武威に依るところが大きい。

 薩摩や今世のわしの実家である江家こうけが力を蓄えては来たが、未だ単独で大樹公家の天下につ所までは来ていない。今の所、薩摩や江家に天下を手中にしようと言う意志は無く、精々が大樹公家の天下に於ける権を求める程度である。どちらも軽々に勤皇の賊の巧言こうげんに踊らされることもあるまい。


 しかし土州は違う。能さえあれば下級武士でも出世の目のある江家や薩摩と違い。極めて役に立つ能が有ったとしても、それを取り立てる術がない為に、可惜あたらエゲレス・メリケンの言葉を使いこなす通詞つうじを手放してしまったお国柄だ。

 郷士と上士を隔てる壁は高く厚い。だからこそ、勤皇の賊が付け込む隙が大きい。


 土州に於ける勤皇の賊の暗躍を耳にされた大樹公様やご重役は、わしに土州の人々に、御親兵の威を見せるように命じられたのだ。

 幸筒さちづつを壊しても構わぬと連射したり。水浸しの土蔵をも焼き尽くす焼夷兵器の威力を見せ付けたのはその為だ。



「他に回す程の量産は難しいと思います。何れにしても、登茂恵の一諾で進めてよい話ではございませぬ」

「だろうな。許しが出ても、先ずは登茂恵殿の実家からであろうし」

 土州侯様には、まだ数が十分に揃って居ないし大樹公様のお許しが要ると言う説明で、取り敢えず要望を引っ込めて貰った。

「土州侯様。今、耳目は我らに集まっておりまする。丁度良い機会にございます。

 土州人衆にご英慮を証して宜しいでございましょうか?」

「そうか。許す」


 一般の見物人が居る矢来の方を見ると、未だ演習の興奮は冷めやらぬ。

 わしは声を上げて彼らに向かって自説をべ始めた。

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